いつも通り平和な図書館

首尾よくいつものテーブルに陣取り、しばらく作業を続けてから、1階のカフェカウンターにコーヒーを買いに行った。吹き抜けのガラス窓のそばにカウンターがあるので、図書館の隣に立てられた仮設テントがよく見える。テントの奥には大きなスクリーンが設置され、戴冠式の生中継が見られるようになっているのだ。椅子やテーブルも配置され、ドリンクスタンドまで出ているが、中は人もまばらだ。朝からずっと雨が降っているし、わざわざ図書館の庭に戴冠式を見に来る人はいないのだろう。

館内を見渡せば、1階の窓際の休憩コーナーに、ホームレスとおぼしき人々が座っていた。『パブリック図書館の奇跡』という米国の映画があり、大寒波の夜に行き場を失くしたホームレスの人々が図書館に立てこもり、図書館員がそれを支援する話だったが、雨の日のジュビリー図書館にも似たような空気がある。ここはすべての人々の公共の居場所なのだ。みんなそう認識しているから、雑多な人たちが自然に調和しており、穏やかで、何の緊張感も気まずさもない。平和とは、このまったり感のことではないだろうか。

絵=平松麻

しかし、ガラスの向こうに見える、仮設テントの大きなスクリーンの映像は、そんなにまったりした感じではなかった。ビシッと一糸乱れぬ緊張感で整列した兵隊たちと、目が潰れるような眩しい宝石で飾られた王冠を被った国王と王妃。厳かにというよりは、金銀きらきらの世界が映し出されている。コスト・オブ・リヴィング・クライシス(生活費危機)が流行語になっている英国で、市民の神経を逆撫でしないよう、これでも式典を簡素化したらしい。が、このゴージャスさは、明らかに時節に合わない。実際、厳戒態勢のロンドン中心部では、反君主制主義者の大規模な抗議デモが行われているようだ。そういう人たちは極端な考えを持つ少数派だと思う人もいるだろう。だが、4月に行われた世論リサーチ会社(YouGov)の調査では、64%の英国の人々が「チャールズ国王の戴冠式にはまったく、またはほとんど関心がない」と答えている。18歳から24歳の層では、この数字は75%に上がる。「好き」とか「嫌い」とか言われているうちはまだ花で、「どうでもいい」と思われるようになったらいよいよ問題なのではなかろうか。それを象徴するように閑古鳥が鳴いている仮設テントの光景と、いつも通り何も変わらない図書館内の光景を見るだけでも、昨年の女王の葬儀のときとはえらい違いだった。