「つながらない権利」の法制化

昨今、話題になっている「つながらない権利」がまさにこのことだ。ポルトガルではすでに「つながらない権利」が法制化されていて、勤務時間外に企業が従業員に連絡してはいけないことになっているそうだ。もちろん、いくつか例外と見なされるケースはあるが、原則として、勤務時間外に上司が部下に連絡したりすると、企業に罰金が科されるらしい。

「つながらない権利」が労働者の権利として注目されるようになってきたのは、ハイブリッドワーク制を取り入れた企業が増えたからだ。自宅で働くことが許されると、自由になれるような気がする。が、なぜか在宅勤務が広がると、企業は勤務時間外にも従業員たちに連絡を取るようになってしまったという。ロックダウン中に「どこにいてもテクノロジーがあればつながれる」ことを実感したせいなのか、「どうせ家で働いているのだから、勤務時間なんてあってないようなもの」と思うようになってしまったのかは謎である。

しかし、時間に関係なく連絡をされる側からすれば、常にご主人様の呼びかけに応えなければならない住み込みの召使いになったようなもので、気が休まらない。ワークライフ・バランスどころか、ワーク&ライフの液状化現象が起きて、どこが境目なんだか判然としなくなる。「職場から出たら、後はわたしの時間」みたいな解放感が得られなくなってしまうのだ。

「英国でも『つながらない権利』が法制化されたら、上司も連絡できなくなるのにね」

わたしがそう言ったら、彼女は頷きながら言った。

「うん。早くそうなってほしいと切実に思う」

そんなことを話しながらキッチンからそれぞれのデスクに戻ると、またもや彼女のスマホが鳴った。本当に困った上司だなあ、と思っていると、彼女は立ち上がって電話ブースのほうに歩いて行くのではなく、そのままデスクでスマホを耳に当て、喋り始めた。

「え? はい。わかりました。いまからすぐ行きますので」

いまからロンドンに行くのだろうか? 彼女の上司ときたら、いったい今度は何をやらかしたんだ? と思っていると、素早く帰り支度をした彼女がわたしのデスクに近づいてきた。

「子どもが保育園で熱を出したみたい。いまから迎えに行ってくる。じゃ、またね」

そう言って、小走りに外に出て行く彼女の姿を眺めながらしみじみと思った。子育てには「つながらない権利」はないのである。せめて仕事でぐらいその権利を獲得しなければいけない理由が、ここにもある。