バブル全盛に海外展開をしていた日本企業

三越というのは早くから海外展開をしていた店で、パリやローマにはロンドンよりも数年早く出店していた。

最初のころはいわゆる「お帳場客」(外商顧客のこと)が海外旅行をするとき、彼らに便宜提供をするのが主目的だったけれど、1990年代には現地駐在員と、彼らを頼りに出張してきて買い物をする人たちを得意客にするようになっていた。

『異邦人のロンドン』(著:園部哲/集英社インターナショナル)

だが、日本でバブル景気が終わった90年代前半ころ、それまでロンドンにあふれていた日本人駐在員の姿がぐんぐん減っていった。

それにつれてロンドン市内の百貨店での買い物客もどんどん減っていったのだ(コロナ禍のせいで三越ローマ店も2021年7月に閉店し、これでヨーロッパから日系百貨店はすべて姿を消した)。

1993年、僕はリッチモンド市内でわずか200メートルの引っ越しをした。移動距離が200キロだろうと200メートルだろうと、引っ越しの際には運送会社にトラックを頼まないといけない。

そのときは日系の運送会社に来てもらったのだけれど、あっというまに終わった引っ越しのあと、日本人担当者がこんなことを言った。

「昔は来るのが2で帰るのが1、今は来るのが1で帰るのが2ですね」日本から来る引っ越しコンテナーと、帰るコンテナーの比率についての説明だ。確かにロンドンで見かける日本人駐在員の数は少しずつだけれども、減りつつある印象があった。

日本からやってくる高校生の修学旅行にびっくりしていた時期でもあり、日本人観光客が減ったという感じはなかったが、日本人サラリーマンの姿がぱらぱらと消えてゆく実感はあった。

朝の通勤電車でいつも見かけていた日本人のあの人、この人が、いつのまにかいなくなり、僕が使っていたディストリクト・ラインでは一人も見かけなくなった。

通学列車で、途中駅から乗ってきていた女の子を見かけなくなったときの喪失感に似ていなくもない。バブル全盛時代にわれもわれもと進出してきた日本企業が、さっと引いていったのである。