「もう一回、つくったらええ」夫の言葉に救われた

ただ、生活していくうえで困難なことはたくさんあります。私の場合、特に大変なのは、複数のことを一度に処理しなければならない時。たとえば、講演活動や会議のために鳥取から上京するとなれば、出発前の準備で軽くパニックに陥ることも。

着ていく服を選ぶ、会議の書類を揃える、意見をノートにまとめておく。その間にご飯の支度、そして愛犬ココちゃんの散歩も……。何もない日は休憩をとりながらゆっくり取り組めるのですが、こうして1日にやらなければいけないことが多いと、頭が割れそうになるのです。

買いものに行くと、支払いと買ったものの管理を同時にしなければならず、レジでもたついてしまう。周囲に迷惑をかけているかも、と心苦しく、自分が情けなくなってしまいます。日によって感情をコントロールできず、混乱することもしばしば……。

認知症になってから、ひとりで生活するのは難しいと痛感することがたびたびあります。でも認知症だからといって、すぐに介護が必要になるわけではありません。むしろ何もやらないと能力はどんどん落ちると思うので、しんどくても、やりたいことには挑戦するようにしているんです。最初は失敗ばかりだとしても、いずれ知恵と工夫が生まれますから。

私は料理をするのが大好きなのですが、少し前に、火にかけたことを忘れて鍋を焦がしたことがありました。その時、夫が「もう一回、つくったらええ」と言ってくれて。ここで「もうつくらんでええ。これからはわしがやる」と叱られていたら、自分は役に立たない存在なのかと疎外感を覚え、自信を失い、料理なんてもうしたくないと思ったでしょう。

診断後から、わが家はガスコンロをオール電化に変えました。調理時はタイマーもフル活用。2つのコンロを同時に使うと混乱するので、1品ずつ調理するようにしています。料理をしている最中に電話がかかってきても出ない。こうして一つのことに集中できるよう知恵を絞り、今も主婦の役割を続けられています。

でもそれはすべて、家族や周囲の理解があるからできていること。助けてほしい時に人が力を貸してくれる環境なので、失敗をおそれずに済んでいる。たとえば漢字の書き方が思い出せない時は、娘が書き順を示すアプリを使いながら教えてくれます。そして頭がこんがらがった時は、気心の知れた友人などに「こんな状況でね」と話を聞いてもらううちに、心が落ち着いてくるのです。