人気翻訳家が綴る20代からの奮闘記
ここ数年、韓国の小説やエッセイの人気が高まっている。2024年本屋大賞翻訳小説部門では、韓国でも25万部を売り上げたという『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(ファン・ボルム著、牧野美加訳)が1位を受賞した。音楽に国境がないように、文学の交流のハードルも今やほとんどない。
その先鞭をつけたのが、本書の著者クォン・ナミ。翻訳家として、日本の小説やエッセイを韓国語に訳している。本書は11年に韓国で出版された初のエッセイ集の改訂版である。
1991年、日本に留学経験を持つクォン・ナミの翻訳家人生は始まった。まだ20代だった。初めて任された本はダニエル・スティール『愛のカレイドスコープ』。彼の小説をドラマ化した作品が韓国で大人気だったからだという。ただし日本語版を訳すのである。
時はちょうど日本語翻訳家の世代交代の時期に当たり、若い彼女の翻訳は気に入られた。すぐに出版されたものの、翻訳家の名前が自分じゃない。それから何年も、英米文学だから、キャリアがないから、と理由をつけられ、他人名義で出版される屈辱を味わわされ、さらに翻訳料金の搾取まで発覚する。
しかし神は見捨てなかった。その直後、星新一『おせっかいな神々』でようやく自分の名前でデビューした。ただ、次の仕事はこない。
結婚して日本に住み、めぼしい作品を自分から企画にして売り込んだが断られ続けた。出産、離婚。戻った韓国で出会ったのが柳美里や村上龍、恩田陸の作品だ。この企画が当たり、翻訳家の地位を築いた。
膨大な作品を翻訳し続けてきた姿を、娘はつぶさに見て成長してきた。過労で〈翻訳死〉しそうだった若い日々が、クォン・ナミの今を作った。働くシングルマザーなら心から共感するだろう。長いキャリアを持つ人気翻訳家の人生は、小説みたいに波乱万丈であった。