〈カラオケdondon〉の奥まった一室。そこは通称〈バイト・クラブ〉のための部室。ここの部員になるための資格は、【高校生の身の上で「暮らし」のためにバイトをしていること】。長坂康二の事件を乗り越えた〈バイト・クラブ〉の面々は、それぞれの道を歩み始めた。

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坂城 悟(さかしろさとる) 市立一ノ瀬(いちのせ)高校三年生

〈アノス波坂(なみさか)SS〉ガソリンスタンドアルバイト

 

 雨が降るとガソリンを入れに来るお客さんが増えるっていうのは、ガソリンスタンドで働く人の間ではわりとよくする話なんだ。

 どうしてなのかは、まったくわからないけど、確かにうちでもそう。雨が降ると急に忙しくなることが多い。

 ちょっと困るんだけどね。窓を拭(ふ)いてもすぐにびしょ濡(ぬ)れになるんだから拭く意味ないじゃんってなっちゃう。だから、一応訊(き)くんだ。「窓、拭きますか?」って。九割の人が拭かなくていいよって言う。

 その代わりといったら変だけど、サイドミラーとドアのウインドウは必ず拭く。雨で見づらくなっているから。いやそれも出たらまたすぐ濡れるんだけど一応は。ヘッドライトやテールライト周りも泥で汚れていることがあるから、きちんとチェックする。

 そうやって雨が降ると忙しくなるんだけど、途端に暇になることも多い。とにかくいろいろ極端なんだ雨が降ると。風が強くなると、僕らも濡れちゃうので外で待機しないで事務所に戻る。

「どうだい、お母さん、もう慣れたかい」

 事務所に入って、濡れた顔をタオルで拭いていたら、店長が訊いてきた。

 うん、って頷(うなず)く。

「慣れました」

 三年生になる一週間前。突然、何の連絡もなしに、いや一応電話はあったんだけど、母さんが家にやってきた。今までも何かあれば帰ってきたりはしていたんだけど、今回は東京の部屋を引き払ってお店も辞めて、荷物ごと引っ越してきてしまったんだ。

 一体どうしたんだって思ったけれどね。

「なんだか急に家が賑(にぎ)やかになりました」

 店長が笑った。

「杏奈(あんな)ちゃんは子供の頃から明るい元気な子だったからな」

 そう、店長はお隣さんだから、うちの母さんが生まれたときから知ってるんだ。母さんが生まれたとき店長は小学校の六年生。小さい頃には遊んであげたこともよくあったって。

 突然帰ってきた理由は、夏夫(なつお)くんの件だった。