義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。

 稔の運転がいつもより慎重だ。助手席の日村はそう感じた。無理もない、今日は後部座席に阿岐本だけではなく、多嘉原会長がいる。
「あの……」
 その稔が言った。日村が尋ねる。
「どうした?」
「尾行されているようなんですが……」
「尾行……」
 日村はルームミラーを見て、さらにサイドミラーを覗き込んだ。
「あのシルバーグレーのセダンか?」
「はい」
「いかにも警察車両という感じだな……」
 それを聞いた阿岐本が言った。
「仙川係長や甘糟さんが、ちゃんと仕事をなさっているってことだろう」
 仙川係長や甘糟が阿岐本の車を尾行しているということだ。
 多嘉原会長の声が聞こえた。
「その仙川係長とか甘糟というのは……?」
「地元の警察のマル暴です」
「そんな連中を待ち合わせ場所に引き連れていっていいもんでしょうか」
 阿岐本がこたえた。
「役者が多いほうが、芝居は賑やかでいいでしょう」
 ややあって多嘉原会長がこたえた。
「おっしゃるとおりかもしれません」
 その声が笑いを含んでいるように、日村には感じられた。