1997年『海峡の光』で芥川賞を受賞した作家・辻仁成さん。現在はパリとノルマンディを行き来しながら、ミニチュアダックスフンドの愛犬・三四郎と一緒に暮らしています。辻さんは、三四郎と過ごす日々を通して「息子が巣立ち一人になった人間に、子犬が生きる素晴らしさ、笑うこと、幸せを教えてくれた」と考えたそう。今回は、そんな辻さんの著書『犬と生きる』から、一部を抜粋してお届けします。
一人で生きる飯、これからも生きる飯、えいえいおー
3月某日、ぼくが提唱する「一人で生きる飯」運動。
これは、渡仏後、連れに先立たれたフランスのおじいちゃん、おばあちゃんが、個人主義が徹底しているので家族に頼らず、一人で暮らし、買い物をしごはんを作り、強烈に自立し生きている姿をたびたびというかそこら中で目撃するようになり、その逞(たくま)しい生き方に感化され、自分も、息子が巣立ったあとの長い人生を美味しく健康的に生きていかな、と思い立ったことに始まる。
この夏は日本で大きな仕事を3年ぶりにこなさないとならないけれど、秋以降、新しいアパルトマンを探し、パリよりも、田舎へのシフトを強めていく予定なので、今は、「じゃあ、田舎でどういう食事を作って、どういう風に生きていくのか」をイメージしている次第なのである。
昨夜はカルボナーラを作った。パリの冷蔵庫に残っていたベーコンと卵を持ってきていたので炒め、茹で上がった玄米のパスタを絡め、火を止めて、卵の黄身と少々の生クリームとパルメジャーノ・チーズで作ったソースをあえて完成、これだけの料理だけど丁寧に作ると小一時間を要した。
しかし、味わい深い田舎風のカルボナーラが出来、残っていた白ワインで頂いたのだけど、いやはや、もうー最高であった。全部残りものなので、材料費はゼロ。安上がりで、何よりの贅沢(ぜいたく)であった。
「お金をかけないで美味しい」とうれしくなる。これこそ「一人で生きる飯」の基本中の基本、醍醐味(だいごみ)なのである。