
MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。数年前のある事件をきっかけに、自分の寝顔が「可愛くない!」ことに気づいてしまったそうで――。
※本記事は『婦人公論』2025年6月号に掲載されたものです
※本記事は『婦人公論』2025年6月号に掲載されたものです
かつて「寝顔が可愛い」と言われたことがある。いや、言われたような気がする。たとえ言われなかったとしても、きっと可愛かったにちがいない。
真っ赤なホッペをした赤ちゃんが、厚いくちびるをかすかに開けてベビーベッドに横たわっている姿を見て、「可愛ーい!」と囁かずにいられようか。
昼間はちっとも言うことを聞かず、暴れまわって悪さをし放題だった腕白坊主が、布団で大の字になって寝ている姿を見た途端、怒りもイライラも肩こりもたちまち吹き飛ぶ母親が、この世の中にどれほどたくさんいることだろう。
きっと私もさぞや愛らしかっただろう。そしてその愛らしい寝顔は、おそらく十代、二十代、なんとか三十代ぐらいまでは続いたはずだ。万人にそう思われなくとも、私を愛する一部の人々の間では「可愛いね」と噂されていたと確信する。希望的観測を込めてそう思う。
ところが数年前、私は知ってしまった。気づいてしまった。自分の寝顔がまことにもって「可愛くない!」ことに。