(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送がスタートしました。モデルとなったのは、日本研究家として知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、その妻・小泉セツ(節子)です。『ばけばけ』では、明治時代の松江を舞台に、怪談を愛する夫婦の何気ない日常が描かれています。今回は、そんな小泉夫妻の著書『小泉八雲のこわい話・思い出の記』から一部を抜粋し、セツが綴った夫・八雲の思い出をご紹介します。

嫌いとなると少しも我慢しない

私が申しますのは、少し変でございますが、ヘルン(ハーン)はごく正直者でした。微塵も悪い心のない人でした。女よりも優しい親切なところがありました。ただ、幼少のときから世の悪者どもに苛められて泣いて参りましたから、一国※者で感情の鋭敏なことは驚く程でした。

伯耆の国に旅しましたとき、東郷の池という温泉場で、まず1週間滞留の予定でそこの宿屋へ参りますと、大勢の人が酒を飲んで騒いで遊んでいました。それを見ると、すぐ私の袂を引いて「駄目です、地獄です、1秒でさえもいけません」と申しまして、宿の者どもが「よくいらっしゃいました。さあこちらへ」と案内するのに「好みません」というので、すぐにそこを去りました。

宿屋も、車夫も驚いているのです。それはガヤガヤと騒がしい俗な宿屋で、私も厭だと思いましたが、ヘルン(ハーン)は地獄だと申すのです。嫌いとなると少しも我慢いたしません。

私は未だ年も若い頃ではあり、世馴れませんでしたから、この一国には毎度弱りましたが、これはヘルン(ハーン)の、ごくまじりけのないよいところであったと思います。

※興陽館編集部注
一国=頑固で自分を曲げないこと。