
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!
三
昭和二○年の八月、人口四〇万人を超えていたはずの新潟市は無人となった。
もちろん、市民がこの年の暑さを嫌ったからではない。
先立って広島と長崎に「新型爆弾」が投下されていた。それまで大きな空襲がなく、国内物流の拠点であるという両都市の特徴は、新潟市にも共通していた。
次に新型爆弾が投下されるのは新潟市かもしれぬ、と考えた県知事は同月一〇日、全市民の疎開を布告した。リヤカーや着のみ着のままの人々、騒々しい足音が道という道を埋め尽くし、わずか数日で街から人気が絶えた。残ったのは官公庁の職員、軍人、生産や物流など都市機能の維持に関わる最低限の従業員、防空関係者、空き巣狙いの泥棒、あと港を塞ぐ機雷だけだった。
浦賀新吉が指揮する第二一三掃海隊では、隊員に期限を定めない休暇が命じられた。だが隊は残り、浦賀も指揮官のままだった。新潟港湾警備隊の司令部は、ただでさえ本土決戦の準備に忙しく、さらには新型爆弾への備えまで考えねばならなくなった。任官間もない少尉が指揮する徴用漁船二隻きりの小さな掃海隊の行く末には、もう手も頭も回らなかったのだろう。
頭が回らないのは浦賀も同じだった。新型爆弾について、軍人や役人は「恐るるに足らず」「いわゆる原子爆弾ではない」などと新聞記者に説明しているらしい。つまりは恐るべき原子爆弾が実用化され、ただちに使用されたのだろう。人類史が新たな段階に入った、と言葉だけで考えてみたところで、かけらほどの現実感も得られなかった。いま身を置いている新潟も、現実にありえるとは思えない無人の都市だった。
夢うつつ、としかいいようのない気分のまま、浦賀は警備隊司令部の隅に机を確保した。さしあたりの浦賀は掃海隊の指揮官である。掃海が再興される日に向けて準備せねばならない、と思った。東京から送付された機雷にまつわる報告書の束を読み漁って一日を終え、次の日も同じく報告書に向き合うつもりで司令部に顔を出すと、正午に重大な放送がある、と告げられた。
はたして正午になると全員が直立し、スピーカーに頭を下げた。不敬である、という不思議な理由で、数台あった扇風機はすべてスイッチを切られ、司令部の室内は暑熱と汗の臭いで蒸れ立っていた。
――堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す。
神気が雲となってゆっくり流れているような、典雅な抑揚で読み上げられた漢文調の演説は、かんじんの主旨があいまいな言い回しになっていた。
司令部員の最前で深々と頭を下げていた警備隊司令は、放送が終わると険しい顔で振り返った。
「ここに詔勅はくだった」
司令は強い声で言った。
「畏(おそ)れ多くも天皇陛下は――」
至尊のお方が呼ばれ、みな一斉に踵(かかと)を鳴らして姿勢を正す。
「今次の大戦を終結せしめられんと思(おぼ)し召された。陛下の赤子たる我らの道はただ一つ。承詔必謹、これあるのみである。みことのりを承れば、必ず、謹んで従いたてまつるべし」
引き裂くような野太い声が上がった。誰かが声を放って泣いているらしい。それが合図となり、あちこちから意見や、意見を装った激情が噴出する。
「聖戦は断固、貫徹すべし。ただいまの重大放送は、宮中の奸臣どもが叡慮(えいりょ)を惑わしたがゆえの茶番です。我が警備隊はまことの大御心を報じ、玉砕して護国の鬼たるべし」
「馬鹿を言うな。俺たちは大元帥陛下の軍隊だぞ。司令官のおっしゃる通り、承詔必謹こそが海軍軍人の責務である」
「だいたいもう、フネを出す重油もありません」
「司令官、近隣の陸軍と折衝を開始してください。フネが動かずとも、我が警備隊とて弾薬があり、陸戦の訓練も積んでいます。陸軍部隊と共同すれば、かなりの戦力になります」
「戦争は終わったのだ。兵たちを一刻も早く家に帰してやるべきだろう。その兵を動かして私戦に及ぶなど、論外である」
「戦いたい者が自らの勝手と身一つで、飽くまで戦えばよい」
「貴様は戦わぬのか。臆(おく)したか」
「敗北を認めぬ貴様こそ、現実に臆しているのではないか」
議論は終わらない。司令は諦めてしまったらしく、司令部員たちが何を言っても、とがめなかった。
司令部の隅っこで、浦賀はやはり夢うつつの気分だった。戦争とともに成長して海軍に入り、「死ぬために生きている」と「死ぬまで生きてやろう」の両極を行ったり来たりしていたが、とつぜん戦争から放り出されてしまった。原子爆弾と同じくらい、終戦は現実感がなかった。
「司令」
浦賀は声を張った。ちょうど一同の虚を衝く間合いになったらしく、おまえは誰だったか、という視線が集中する。浦賀としても、陸(おか)でふんぞり返っている司令部員より掃海具と海のほうがずっと見慣れている。
「第二一三掃海隊指揮官の浦賀少尉です。以前の所属だった響に帰りたく、希望いたします」
駆逐艦「響」は、まだ新潟港の岸壁に繋がれている
なぜそう思ったのかは分からない。いま浦賀の胸の内ではっきりした輪郭と質量を持っているのは、艦隊特攻のつもりで響に乗艦していた一時期の記憶だけだった。
「考慮しよう」
司令は短く答えた。司令部員たちはまた騒ぎ始めた。 〈つづく〉
