お笑いコンビ・空気階段として活躍する鈴木もぐらさんの思い出のそばには、いつも「うまい飯」があったそうです。そこで今回は、鈴木さんが食に対する探究心と愛を凝縮したエッセイ『没頭飯』から一部を抜粋し、食を通じて鈴木さんの人生に迫ります。
とんかつ屋「東京軒」
私の地元、千葉県旭市から車で30分ほど走ると、「東京軒」というとんかつ屋がある。千葉県の端っこも端っこの銚子市にあり、最寄り駅が銚子電鉄のとんかつ屋が「東京軒」を名乗るとは何事だと憤るなかれ。味は一流、余計なことは一切せず、ど真ん中どストレートで勝負する東京軒のとんかつは、一口食べれば「味覚の首都」であること間違いなしと納得していただけるはずだ。
少年時代、私は、卒業式や誕生日などお祝いの日によく連れてきてもらっていた。母親からの「今日は東京軒行くか?」のひと言で、「そうか。今日はそんなにもめでたい日だったか」と実感したものである。
「あのバカ! 養育費一切払わねえんだからよ!」
が母の口癖だったが、そのような母子家庭だったので生活は厳しく、東京軒へ行く前には必ず銀行に寄ってお金をおろしてから向かった。
「銀行で金おろしてから行くからな。人間はうまい飯を食うために生きてるんだから、飯は贅沢しねえといけねえんだ」
そう言ってATMに向かう母の背中を思い出す。何度も見たあの背中。「金をおろす」ということが、キャッシングのことであることを、少年は当然わかっていた。