真の教育

幸福酔いでふらふらしながら車に戻り、助手席に座る。瞬間、とんでもない衝撃が私を襲った。即座に激しい痛みが襲ってくる。頭を抱え、右を向くと、拳を握りしめた母が鬼の形相で私を見ていた。私は車に乗った瞬間に、母から全力の一撃を頭部に喰らっていたのだ。

「お前は!!!!!!! なんでヒレカツをもらわなかったんだ!!!! あんなにうまそうなカツを!!!! この大馬鹿野郎!!!! あのヒレカツがどんな味がするのか知りたかっただろ!!!!!!!」

ヘリほどの声量で私は怒鳴られた。

あの日に喰らった、あのゲンコツこそが、真の教育であったと今は思う。社会を、人生を、あの一発が教えてくれていたのだと。

あれから28年。私は38歳になった。

東京軒のヒレカツの味を、私はまだ知らない。

※本稿は、『没頭飯』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

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