翌朝起きると、台所に立つ父がいた。「お父ちゃんがお弁当を作ったぞ。持っていけ」…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは兵庫県の50代の方からのお便り。小学生の時、母親が手術で入院することになり――。
無骨なサンドイッチ
母が子宮の手術をしたのは、私が小学6年生の時。10日ばかりの母の不在。母は専業主婦で、私も年子の弟も、九州男児の父も、それまでろくに家事というものをしたことがなかった。掃除、洗濯はどうにかなったが、困ったのは食事である。
便利な冷凍食品があるわけでなく、セブン‐イレブンの1号店開店がニュースになる昭和の時代。多忙なサラリーマンの父に代わり私が台所に立つことに。メニューは家庭科で作ったカレーや焦げた焼き魚、塩胡椒を忘れたほうれん草の炒め物など。母の料理が恋しかった。
そんなタイミングでまさかの遠足が。ピンチだ、お弁当なんて作れない。しかし事情を知る担任の先生が、遠足の前日、「一緒にお弁当を買おう」と気を利かせて言ってくれた。その日の夜、帰宅した父に「よかった。明日はどうなるかと思ったよ」と伝えると、「そうか」とポツリ。
翌朝起きると、台所に立つ父がいた。「お父ちゃんがお弁当を作ったぞ。持っていけ」。父が用意してくれたのは、アルミホイルに包んだサンドイッチである。具はハムとレタスとトマト、食パンの耳がついたままの無骨なもの。私が戸惑いながらも「ありがとう」と受け取ると、父は急いで出勤していった。
その後、学校で会った先生に「お弁当は大丈夫です!父が作ってくれました」と伝えると、先生は「そうか、よかったな」とにっこり。お昼、お友達と一緒に分厚いサンドイッチを食べると、胸もお腹もいっぱいに。それから3年足らずで、父はがんで亡くなった。
父と過ごせたのは短い時間だったかもしれない。でも私はその愛情を目一杯受けていたのだと、無骨なサンドイッチが教えてくれた。