大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
 戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!


呉掃海隊は神戸港で臨時の補給を受け、終わった艇から出航していった。
ゆうちどりが下関の唐戸(からと)桟橋を目視したのは、集結命令の受領から二日経った十月四日の早朝。より足が早い他の掃海艇は、前夜までにはすべて到着していた。
桟橋に接舷すると、すぐに下関航啓部の関係者が現れた。さらなる補給や修理すべき箇所について聞かれ、あれこれと答える。素早く手厚い対応は、むしろ任務の重大さを感じさせた。
それから浦賀は、所属掃海艇の艇長をゆうちどりの士官室に集めた。
「いかなる任務を下達されるか、まだ不明である。ただし容易ならぬ内容であることは想像できる。別命あるまで職員の上陸を許可するが、軽率な言動を慎むこと、家族に余計な心配をかけるがごとき私信は行わぬこと、以上二点を厳に達してほしい」
「指揮官代理」
ゆらりと手を上げたのは、MS―06艇の艇長、浮田幹だった。
「どんな任務か、あなたにも知らされていないのですか」
浮田は海軍兵学校の同期の顔ではなく、部下を預かる艇長のそれで訊いてきた。
「知らされていない」
「ほんとうですか」
浮田はなお詰め寄る。部下思いで鳴らしている浮田には当然の質問だろうが、指揮官代理としては、小うるさい部下は正直わずらわしくもある。
「ほんとうだ」
まるでにらみ合いだ、と浦賀は思った。浮田はうなずき、また口を開いた。
「二点のご指示、乗員にはしかと伝えます。ただし徹底はできません。言論の自由と通信の秘密は、新憲法が保障する国民の権利ですから」
まじめなやつだな、と浦賀はつい感心してしまう。浮田は言動こそ街の愚連隊ほども荒っぽいが、戦前で最難関校の一角だった海軍兵学校の受験を突破し、そこそこの席次で卒業している。新憲法の制定にあたって政府が発行した無数の説明パンフレットなど、苦もなく読みこなしていたのだろう。
「分かっている」
と応じながら、浦賀はもどかしさを感じていた。任務の内容を知りたいのは、こっちだって山々なのだ。本来なら兵学校の同期が鍔(つば)迫り合いのごとく剣呑(けんのん)な目線を交わす必要などない。
それから二昼夜、新たな指令は出なかった。その間にも舞鶴、大湊、呉の各港から船艇が到着し、さしあたり母船一隻、掃海艇一〇隻、巡視船四隻が唐戸桟橋に繋がれた。記事のタネがあると踏んだらしい新聞や雑誌の記者が、下関の海保庁舎を訪れては追い返され、また桟橋をうろついた。
ゆうちどりの甲板員がピュイイと長い号笛を吹いたのは、一〇月六日の正午過ぎ。ふだんは東京にいる村上八郎航路啓開本部長が、七名の随員を連れ、ゆうちどりに乗船した。
「ご苦労さま」
居並んで敬礼する浦賀以下のゆうちどり各員に対して、村上は端的なねぎらいだけを返した。案内役となった船長の挨拶には小さくうなずき、割り当てられた船室へ足早に消えていった。
午後二時、ゆうちどりの士官室で会議が始まった。参加者は村上本部長と東京からの随員、下関に集結した各艇長、また浦賀と呉掃海隊の指揮官付である。列車で下関へ来た第五管区の奈佐航路啓開部長、地元である七管の磯上(いそがみ)航啓部長も出席していた。
「諸君、このたびはご苦労さまです」
村上が、ゆうちどり乗船の時と似たような言葉を口にし、会議が始まった。
「四日前の一〇月二日、アメリカ極東海軍の参謀副長より、日本の掃海隊を朝鮮水域で使用したい旨、海上保安庁長官に口頭で要請があった。わが政府は、要請を受諾すると回答した」
みな無言のまま、雰囲気は一気に張り詰めた。浦賀が受領した下関への集結命令で、朝鮮での掃海は匂わされていた。ただ、朝鮮半島で戦争をしている米軍からの要請であったことは初耳だった。微塵も驚いた様子を見せていないのは、言った村上とその随員だけだ。
「二日前には日本政府運輸大臣に対し、アメリカ極東海軍司令長官名で正式な命令書が出ている。掃海戦力を集結させ、以後の行動は米軍からの指示を待て、とのことである」
続いて、東京組から年嵩(としかさ)の男が立ち上がった。
「朝鮮へ行く隊は、特別掃海隊と呼称します。これより隊の人事を申し上げる。先にですが、各艇長の配置はそのままです。まず、総指揮官は村上本部長――」
以下、総指揮官付の人名が発表される。東京組はみな司令部を構成する指揮官付で、発言している男はその首席とのことだった。
「呉掃海隊の指揮官と隊付は全員、総指揮官付とします。まず浦賀新吉指揮官代理は、掃海担当」
浦賀は目礼だけをした。何か言いたい気分に駆られ、だが何を言うべきか思いつかず、とりあえず感情を抑える。今日まで浦賀を補佐していた呉掃海隊の隊付も、通信や機関、補給、渉外などの担当を割り振られてゆく。結果、特別掃海隊の司令部要員は十三名と、かなりの大所帯になった。
「特別掃海隊のもとに四つの掃海隊を置く予定です。まずは、すでに下関に到着している船艇から二隊を編成します。第一掃海隊は七管の磯上部長を指揮官とします」
首席指揮官付は、MSから始まる掃海艇四隻の名と、PSを付した巡視船一隻の名を上げた。指名された磯上部長は、身体も頭蓋骨の形も細めの人で、旧海軍の駆逐艦長に多かった、精悍さや敏速さを思わせる気配をまとっている。
「次に第二掃海隊。こちらの指揮官は五管の奈佐部長にお願いします。配属船艇はMS―03、06、14、17。また巡視船PS―02、04、08。以上七隻です」
浦賀も面識がある奈佐部長は、重巡洋艦という大きなフネで航海長をやっていたという経歴通りの、重厚な挙措でうなずいた。ただ表情には、わずかながら意外の感がまだ浮いている。
「なお、ゆうちどりは村上総指揮官が直卒し、第一か第二どちらかの掃海隊に同行します」
私からは以上です、と締めくくって首席指揮官付は着席した。
「発言をお許し願いたい」
まず磯上が手を上げた。
「私は、朝鮮海峡の掃海で一隊の指揮官をやってくれ、とだけ聞かされて、この下関まで来た。朝鮮のいずこを掃海するか、まだ伺っておりません」
「さきほど申した通りだ。まだ米軍からの指示がない。つまり、まだ決まっていない」
答えたのは村上総指揮官だった。表情はしっかりしていたが、顔に薄い青みが差している。体調がよくないのかもしれない。
「総指揮官は、アメリカ極東海軍が司令部を置く東京におられた。見聞きされた情報から、多少でも見当はつきませんか」
「つかない」
村上の口調に、居丈高な気配はなかった。だが発された言葉は、つっけんどんと言ってよいほど短かった。
磯上はさすがに眉をひそめ、違和感を拭うように咳ばらいをしてから別の質問をした。
「わが掃海隊の士気と練度は世界に誇りえると自負している。ただし掃海艇はいずれも戦時急造の木造船であり、すでに老朽化が著しい。使用機材もすべて人力で操作している。いずれの海域での任務であろうと、戦時下という過酷な状況から発される米軍のオーダーに、応えられるものであろうか」
「応えねばならない。私としては各員の奮闘に期待するところ大である」
「失礼します」
そこで浦賀は手を上げた。割って入るようなタイミングになってしまったが、このまま無意味な問答に終始すれば、さすがに部隊の士気に関わる。部長という重い職にあった磯上が訊けなかったことを、代わりに質問するつもりだった。
「朝鮮での戦争に、我々は参戦するのでしょうか」
一同の視線が集中する中、村上は口を開いた。
「浦賀総指揮官付の質問は、政府で検討すべき事項である。実施部隊の我々としては、粛々と任務にあたり、この完遂につとめたい」
村上の回答は、場の沈黙を呼んだ。何を聞いても確たる答えが返ってこないのではないか、と誰もが思い始めているようだった。
「職員の処遇について教えていただきたい」
許しも得ずに発言したのは、艇長として出席している浮田だった。
「危険な任務になるかと思います。職員が怪我や殉職となった場合、補償はありますか。そうでなくとも、手当の額はどうですか」
「追って通知する」
浮田は不満げに唸り、呆れて言葉が見つからない、と言いたげに首を横に振った。その挑発的な態度が口火となったのか、各艇長からは様々な質問が飛んだ。いずれも浦賀か浮田の問いと大差なかった。返された答えもやはり、無回答に近いほど不明瞭なものだった。
「僭越ながら」
それまでずっと黙っていた奈佐が手を上げた。同時に発された声は野太く、騒いでいた艇長たちはぴたりと黙り込んだ。
「私は船艇七隻の指揮をお任せいただいた。先ほどの浦賀指揮官付、浮田艇長の発言との重複をあえて恐れず、総数で百を超えるであろう部下の命を預かった身として伺います。今回の任務は出動でしょうか。それとも、出撃でしょうか」
奈佐はじっと総指揮官を見つめた。出動であれば、平時の一般公務員による活動にも使う用語である。出撃とは敵を攻撃するための行動であり、戦時の、かつ軍人にしか許されない。先に、参戦か否かの質問は答えにならぬ答えを寄越されている。奈佐の問いは、総指揮官の覚悟を問うたものだろう。
「出動である」
答えは即座に帰ってきた。奈佐は怒りとも、寂しさとも憐れみともつかない、複雑な色を顔に浮かべた。
「私見をお許しください」
再び浦賀は手を上げた。
「日本は占領下にあります。米軍の指示には従うしかない。しかし各艇長、各指揮官としては、目的も行き先も知らされぬまま、部下を危険な任務に従事させることは、難しいのではないでしょうか」
「難しいどころではない。できない」
またも言い放ったのは、浮田だった。
「職員はみな、前の戦争の生き残りなのです。理屈は通らないが命令だから死んでこい、などと言われて黙って従う者など、いまの日本にはおりません」
なじるような浮田の指摘に、村上は一度目を落とし、それから言った。
「行きたくない者は、行かなくてよい。各艇の乗員にもその旨を通知してほしい。一時間後、会議を再開する。それまでに各艇長は乗員の説得に努めてほしい」
あまりに頼りないまとめ方で、村上はいったんの散会を命じた。
「なお本日、米軍より供与された機雷処分用の銃器と弾薬が届きます。各艇、遺漏なく点検と積み込みを願います」
首席総指揮官付が立ち上がり、これまでの議論を聞いていなかったような無神経さで付け足した。                                                                                                                         〈つづく〉

 

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