イラスト:岡田里
突然、目の前に現れた不可思議な存在。何かを訴えたかったのか、それとも――。信じてはもらえないかもしれないけれど、かすかに、いやはっきりと感じた気配や音、姿は月日が流れても記憶にとどまっている、そんな体験を読者が綴ります(「読者体験手記」より)

毎晩2時になると聞こえてくる

「パン、パン」。やはり2時になったら、今夜も聞こえてきた。息子と私は息をのんで顔を見合わせた。深夜に仏間から大きな音が聞こえるようになって3週間。はじめは、木造家屋だから家が軋む音だろうと軽く考えていた。だがそれは家鳴りではなく、ペットボトルが弾ける音でもない、不思議な音だった。

2階で寝ていた夫は半信半疑だったのだが、ある夜、階下から聞こえる大きな「パン、パン」という響きに、急いで下りてきた。

「この音か!」

夫は自分の耳で確かめて、ようやく私たちの話を認めた。

「ね、家鳴りとは違うでしょ」
「本当だな。ばあさんが手を叩く音にそっくりだなあ」
「これが毎晩2時になると聞こえるんだよ……」と、息子が首を傾げながらいぶかしがる。

姑が亡くなって四十九日も過ぎた、その年の夏ごろから音は聞こえ始めた。姑は92歳の大往生ではあったけれど、晩年は認知症になり、入院先で苦しみながら亡くなった。

「ばあさんか?」と言う夫に、「まさか、そんなことが……」と息子が続けた。

姑は認知症になっても、信心は残っていたのであろう。自宅で暮らしていたころ、こんなことがあった。

「ここを閉めたらダメよ!」

朝、姑の顔と体を拭きにベッドに行くと、窓が30センチほど開け放してある。勝手に外へ出ては困るからと、窓を塞いでいた重たいテーブルを動かして姑が開けたのだった。

「そこから神様が入ってくるんだから!」。姑はさらに大声で怒鳴ると、神妙な顔つきで両手を胸の前で重ね、大きく柏手を打った。

「パン、パン」