『イギリス1960年代ービートルズからサッチャーへ』著◎小関隆 中公新書 946円
今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『イギリス1960年代 ビートルズからサッチャーへ』(小関隆著/中公新書)。評者は編集者で文芸評論家の仲俣暁生さんです。

広い視野で歴史をとらえることの必要性

1960年代は音楽やファッションをはじめ、さまざまなポップカルチャーが花開いた時代としてつねに回顧の対象とされてきた。その象徴はリバプール出身のロックバンド、ビートルズである。本書はこのバンドが起こした音楽面での革命を軸としつつ、同時代にイギリス社会で起きていたよりいっそう大きな変化について、カルチュラルスタディーズ(文化研究)と呼ばれる手法で概説したものだ。

この時代の「文化革命」は、キリスト教の信仰に由来する伝統的モラルが退潮し、消費や性に対する自由度が格段に増した「許容する社会」をもたらす変革を伴った。しかしこうした変革は、70年代末に保守的なサッチャー政権の誕生によって幕を下ろす。

自由と創造性に満ちた時代の直後に、正反対の性質をもつ政権が生まれ、保守的なモラリズムが復活したのはなぜか。それは単なる反動ではなく、むしろ前の時代の「革命」の成果を受け継ぐものでもあった──。このユニークな視点が本書の議論を貫いている。

後半の主人公は副題にあるサッチャー首相よりも、むしろ日本では馴染みの薄いメアリ・ホワイトハウスという保守的な社会活動家の女性である。ホワイトハウスはBBCの番組を偏向と非難し、ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』の焚書というパフォーマンスさえ行った。進歩派から「モラリズムおばさん」と嘲られた彼女の行動は、しかし意外にもこの時代に長く影響力をもち続けた。

「主婦マギー」という演出で英国初の女性首相となったサッチャーの登場と同様、それは女性が自由に発言し行動することを「許容する社会」の帰結でもあったと著者は言う。この皮肉をどう考えるか。広い視野で歴史をとらえることの必要を感じさせる好著である。