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◆ドローンとともに過酷な僻地へ。50代からの方向転換
私は長年、女性誌や広告業界でファッション写真を撮りながら、50歳になるまで都会でふわふわチャラチャラした生活を送っていました。しかし、年々仕事は先細りになるばかり……。そんなある日、プロカメラマン向けの専門店で、空撮用ドローンに出会いました。ハリウッドで働く知人が、「魔法のような映像が撮れる」と言っていたのを思い出し、その場の勢いで買ってしまったのです。
最初は軽い気持ちでしたが、触るうちに、自分の体がそのまま上に伸びていくような“幽体離脱”の感覚を味わえるのと、鳥のごとく自在に飛び回って、人の手では撮れない写真が撮れる面白さに没頭していきました。
ドローンの世界に私を引き入れたのは、世界を股にかける老テレビカメラマンの興正勝(おき・まさかつ)さん。彼の誘いによって私はドキュメンタリー番組の製作スタッフに加わり、綺麗なモデルや美しい洋服とは無縁の、ハードな冒険の旅に出ることになります。その旅の始まりと各地での顚末を描いたのが著書『ドローンマン』です。細部を変更した都合上、「フィクション」としていますが、9割以上が実際に体験したこと。「こんな小説のようなことが起こるのか」と驚くような出来事もありました。
最初の旅先となったイランでは、洞窟の命懸けの探検などを経て、“イランのグランドキャニオン”と呼ばれる大峡谷と野生動物の群れの空中撮影に成功し、ドローンカメラマンとして第一歩を踏み出すことができました。「二度とこんな大変なロケはゴメンだ!」と思いながらも、その後も興さんに誘われて、カナリア諸島やオマーンに行っています。
過酷な仕事の中で、戦場カメラマンだった興さんの、どこまでも優しい人柄と哲学や生き方に触れ、私は少しずつ変化していきました。「好きなことだけをして過ごした一生より、苦しくてもつらくても、人としてするべきことをしたという一生でありたい」。興さんのこの言葉は、今も私の心の中に刻まれています。
実は、私と旅を始めた時に興さんはがんを患っており、死を覚悟しながら仕事を続けていたのです。そして、人知れず戦災孤児たちに寄付をし続けていました。実は、私の両親も戦災孤児だったこともあり、興さんとの旅では、いやおうなく自分の過去を思い出すことが多かった。そうした個人的なことも、エピソードに織り込んでいます。
この本の元になったのは、あるノンフィクション賞の最終選考に残った原稿です。2013年末の興さんとの出会い、それから1年間にわたる思い出……旅が一段落した時に、やむにやまれぬ思いに突き動かされ、2ヵ月あまりで一気に書き上げました。受賞には至らなかったのですが、選考委員だった作家の三浦しをんさんが「世に出すべきだ」と言ってくださったと聞き、その言葉に力づけられ、推敲を重ねて完成させました。出版が決まり、三浦さんから帯にコメントをいただけて本当に嬉しかった。
撮影の仕事は今も続けていますが、同時に、噴火などで立ち入れない地域の調査、災害救助など、ドローンを使って人の役に立てることを少しでもやっていけたらと思っています。自分なりのやりかたで、どうやったら興さんのような人間になれるのか、今も模索中です。
人はいくつになっても変わることができる。失敗や迷いを重ねながら人生を大きく方向転換した私の体験が、皆さんが新たなことを始めるきっかけになれば嬉しいです。