イタリアの家の改装工事をすることになったというマリさん。そこで直面した設計技師や友人の「家の核は台所でなければならない」という価値観に違和感を覚えたそうで――。(文・写真=ヤマザキマリ)
家の核は台所でなければならないという考え方
私がイタリアで夫と暮らす家は、今から500年ほど前に建てられたベネチア共和国様式の屋敷の一部分だ。
200平方メートル以上のスペースに3部屋という、最初のうちは面白いと思えた特殊な間取りも、一人で過ごす時間の多くなった夫にとっては寄る辺ない不安感と寂しさを醸す空間となってしまい、そんな理由もあって同じ区画の中に60年ほど前に建てられた物件を購入。引っ越し前に改装工事を頼むことになった。
広い家に疲れた夫は、壁の仕切りのある現状のスタイルを残してほしいと願っているが、業者の提案は、余計な壁をとっぱらってダイニング・キッチンを拡張するという、今風のおしゃれな間取りだった。将来家を転売する場合にも、台所は大きいほうが絶対に有利だと言う。
最近家を改装したばかりの友人夫婦に意見を求めてみたが、やはり「家で一番大事なのはクチーナ(台所)でしょ」という言葉が返ってきた。
かつては昼食に2時間もかけ、昼寝を必然としていたイタリアの生活様式は、今や南部などの一部地域を除いておおむね消滅してしまった。それでも家の核は台所でなければならないという考え方は、若い設計技師や友人たちの中で蔓延り続けている。
夫は、自分の家に対する価値観が思いがけず誰とも共有できないことを知って、違和感を覚えていた。