カリフォルニアコショウノキ(でも実はカリフォルニア原産じゃない)
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「On the road」。8月、西海岸の長年住んだ家に久しぶりに帰ると、フロアランプの笠が欠けていたため、イケアまで遠出することになり――。(文・写真=伊藤比呂美さん)

8月、あたしは、西海岸の北端にいるまご(と娘)を訪ね、西海岸の中央部にいるまご(と娘)を訪ね、とうとう西海岸の南端の、20年以上住んだ家に帰ってきた。

実は2月にも、それから5月にも、帰ったんだけど、他の仕事(朗読会や文学祭)とのかねあいで、家には2、3日しかいられなかった。今回は長い。10日もいた。

日本を出たのは5年と半年前。それだけの時間が経って、みんな老いた、犬も老いた。隣人も老いた。家も老いた。

家は、2階に住む娘たちが少しずつ手当しているけど、追いつかない。

もともと古家で、塗り直しとか修理とか補強が必要だった。夫がこまめにやっていたけど、死ぬ2、3年前からは、余裕がなくなり、ほったらかしになり、あたしもほったらかしたまま、家を出て日本に帰り……今はさらにボロボロになっていた。

屋根は壊れかけ、外壁は禿げちょろけ、庭のデッキは落とし穴みたいに穴だらけ。天井の照明はつかないし、フロアランプの笠は欠けたまま、本棚はかしぎ、バスルームには使いかけのボトルが時がとまったように溜まっている。観葉植物は死屍累々。

がっつり直さなくちゃいけないが、10日じゃ何にもできないから、とりあえずフロアランプを買いに行った。近所の店にはないので遠くのイケアまで遠出したのである。

イケアまで、フリーウェイを、南下して南下して、それから西に走って走って、けっこうな距離がある。

あたしのMINIはカノコにやってしまったから、サラ子の車を借りて走り出した。

カリフォルニアの生活はほぼ車と一体だ。いつも走る。つねに走る。どこへでも走る。

ところがです。サラ子夫婦、若いのに、車に興味がない2人だった。2人ともリモートワークで、どこにも行かないから、車をまるで使わないのだった。

サラ子の車はヤリス(ヴィッツ)の17年物。人間の子どもなら、来年は大学に行って家を離れる。ぐっとアクセル踏んでぐーっとよその車を追い越そうと思っても、老体は動かない。サラ子の夫の車はヤリスよりちょっと大きいが、もっと古い。ちっ、若いもんがこんな車に乗っててどうすると口の中で悪態をつきながら、あたしは走り出した。

友人と朝食を食べにいったりもした…