曽野さんが訪れたタイで「ルールの裏に儲けの道あり」と教えてくれた日本人がいたそうで――(写真提供:Photo AC)
死はだれにでも等しく訪れる。生きていれば、大切な人の死に立ち会うこともあるでしょう。92歳になる作家の曽野綾子さんは、これまで数多くの国や地域を巡る中で「生きること、死ぬこと」の本当の意味を実感したといいます。富める人、貧しい人、キリスト教徒、イスラム教徒……それらの出会いで知らされた「勝ち負けのない人生」とは。曽野さんが訪れたタイで「ルールの裏に儲けの道あり」と教えてくれた日本人がいたそうで――。

ルールの裏に儲けの道あり

昔、私にタイで、「この国の役人は『規則があるところ、必ず儲けの道あり』と思ってますからね」と解説してくれた日本人もいた。

何のことなのか、初めはわからなかった。彼らは土木の技術屋で、30年も昔、タイ北部の田舎で道路を作るために働いていたのである。

熱帯と言うから、ジャングルなのかと思って赴任したら、林はそれほどひどくはなかった。

重役の一人が「軽井沢みたいなところだ」と言っていたのを信用して行ったわけではないが、土地そのものは、毒蛇もいるが、それほど厳しいとは思われない。

しかし驚いたのは官僚機構の違いであった。

来たばかりの時、彼らは現場を流れるほんの小さな川にかかる土橋に、特別に重量制限を示す何の表示も見てはいなかった。ところが数日経つとそこに、通行可能の作業用車は何トンまで、という重量制限の標識が立った。

善意に考えれば、これから工事が始まるのだから立てたと言えなくもない。しかしその制限の重量は、すべて日本人が運び込んだダンプの積載制限より、少しずつ下に表示されていた。

ということは、額面通り受け取れば、彼らの持ち込んだ重機類はほとんど使えないということだ。さもなければ、橋そのものをかけ換えるほかはない。

しかし土木屋が見れば、その土橋がどれくらいの重さに耐えるか、ということの推測もつく。橋は決してすぐさま作り換えねばならないというほどのものでもなかった。