今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『協働する探究のデザイン 社会をよくする学びをつくる』(藤原さと 著/平凡社)。評者は学者芸人のサンキュータツオさんです。

子どもも、教育者も、「探究」し続けるには

頭のどこかで、学校の勉強はこのままではいけないと、だれもが思っている。子どもがポケモンのキャラクターを覚える熱量が、なぜ勉強に活かせないのか、悩む。学校の勉強が楽しくないのは当たり前のことなのでそれは考えてはならないと、気持ちにフタをしている人もいる。

著者は研究者ではなく、実際に子どもを育て、保育園の父母会長になったことを機に、「探究」という学びの在り方を自分で探し回って、考えて、学びまくった方である。とはいえ「探究」教育の来歴や、世界的にどのような教育法があるのかについてもまとめているので、多少硬い内容となっているのだが、たとえば長野県の伊那市立伊那小学校の例を紹介してくれている。

この学校は伝統的に、はじめの3年間に力を入れる。ある年の1年生は、春に牛と出会い、みんなでこの牛を飼おうと決定した。するとその牛を迎えるまでに牛の遊び場作りや小屋作りなどを行い、9月に牛を迎えるとエサやり、成長の記録をつける、冬支度などをはじめる。

2年生では牛は結婚し、3年のときには子牛が生まれた。子どもたちは子牛の小屋も作り、搾乳までできるようになる。牛乳では食品を作る。搾乳で暴れることを知ると、鼻環をつけようと声があがる。

教育は、目の前の事実から出発し、からだをつかって総合的に身につけていくものだ、という考えからこのような時間がある。自分の頭で考え、行動するという自発性もここではポイントだ。

極言すれば、学びは「遊び」の延長から生まれる。どうしたらより楽しめるか、どうしたらやりたいことができるようになるのか。それを学校でもできれば最高だ。そのアイデアがいくつも紹介されている。

市民運動的にこのような学びの機会を作った実践者の体験談から、大いに刺激を受けた。