今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『独裁者の料理人 厨房から覗いた政権の舞台裏と食卓』(ヴィトルト・シャブウォフスキ著・芝田 文乃 訳/白水社)。評者は学者芸人のサンキュータツオさんです。

料理の腕だけじゃない。ここには生きる力がある

そうなんですよ、いるはずなんですよ独裁者の料理を作るシェフが。常に命を狙われる立場にある独裁者の口に入る料理。場合によっては毒すら入れることができてしまうこの立場の人が、どのように選抜され、彼らと接し、その後どのような人生を送ったか。興味はあるが、そのようなこと書けるんだろうか。

探し出すだけでも大変な作業なはずだ。著者は14人の料理人を見つけ出したが、そのうちインタビューに応じてくれた人、さらに直接アポイントをとって毎日4、5時間のインタビューを2週間行って、公表の許可を得た5人に関して本書にまとめた。

雇い主はサダム・フセイン(イラク)、イディ・アミン(ウガンダ)、エンヴェル・ホッジャ(アルバニア)、フィデル・カストロ(キューバ)、ポル・ポト(カンボジア)。大量虐殺をした日にも平然と料理を口にしていた彼らに、料理人はなにを思っていたのか。

もう冒頭のフセインの料理人に選抜されたアブー・アリさんのエピソードから強烈だ。フセイン自らが調理した激辛料理を食べさせられて、おいしいと言ったほうがいいのか、素直に感想を言ったほうがいいのか、正解がわからない質問をフセインにされる。フセインの表情からはなにも読み取れない。

もうヒリヒリしちゃう! 結果からいうとちょっとしたドッキリを仕掛けられた感じで、フセインはそのリアクションを見て大爆笑なのだが、いや笑えないわ! アブー・アリは1日おきに料理を作る二交代制のシェフのひとりとなって、フセインの妻との関係やフセインの側近たちの様子もありありと語る。プルプルしながらページをめくりました。

やばい仕事だと全員が思っているのかと思ったら、ポル・ポトに根っから心酔している料理人が出てきたり。命がけの取材の記録、召しあがれ。