今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『俳句が伝える戦時下のロシア ロシアの市民、8人へのインタビュー』(馬場朝子 編訳/現代書館)。評者は学者芸人のサンキュータツオさんです。

この《戦争》をロシアで暮らす人はどう詠むか

戦闘後 焼けた白樺に カラスの沈黙

ロシア語で作った俳句を日本語に翻訳したものなので、五七五の形として把握はできないが、ロシア語ではれっきとした五七五音なのだそうだ。ロシアでは鳴くと不幸をもたらすと言われるカラスだが、すでに燃えた白樺の上では鳴かない。なぜならもう不幸は訪れており、白樺の木のもとには負傷者や死亡者がいる。そんな光景を詠んだ句だ。

意外かもしれないがロシアには俳句愛好者が多い。1935年に芭蕉の『おくのほそ道』が翻訳され、学校で俳句を教えることもあったのだとか。日露俳句コンテスト、国際ロシア語俳句コンクールなども開催されており、国際俳句コンクールにはロシアやウクライナの俳人たちが参加、入賞もしているほど。

今回の戦争に際し、NHKのETV特集でロシアとウクライナの俳人にインタビューしたもののうち、ロシアの俳人たちの俳句とインタビューに焦点を絞り、放送では聞けなかった部分も大量に記録したのが本書だ。

この本のポイントはウクライナ側ではなくロシアの市民側でまとめられたことである。ロシアでは「戦争」ではなく「特別軍事作戦」と言うことを余儀なくされた状況でのインタビュー。

よく読めば、ロシア人の俳人のなかでも、その風潮自体に疑義を投げかける人もいれば、むしろ政権寄りの発言をしていたり、「戦争」とは言えず「これ」と言ってささやかな抵抗をしている人がいたりと、グラデーションが豊富だ。

しかも幅広い世代からインタビューを取っているので、ロシアのリアルな空気感がわかる。俳句がメインでありながら、各人が置かれた具体的な状況を聞く「切り口」にもなっている。市井の人々の想いを、こうした手法ですくい取る手があったのかと唸った。