2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第49回は、歌人の俵万智さんにうかがいます。
俵 万智(たわら・まち)
歌人。1962年、大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。86年、「八月の朝」で角川短歌賞受賞。87年、第一歌集『サラダ記念日』出版、同書で88年、現代歌人協会賞受賞。2004年、『愛する源氏物語』で第14回紫式部文学賞受賞。06年、歌集『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。歌集のほか、小説『トリアングル』、エッセイ『あなたと読む恋の歌百首』『考える短歌』などがある。短歌の魅力を伝え、すそ野を広げた功績で21年、朝日賞を受賞。
「苦」が押し寄せてきた五十代
自分の五十代を、ざっくり振り返ってみる。子育てが一段落し(息子が大学生になって一人暮らしを始めた)、それなりの老いと病に直面し(食道に腫瘍が見つかったり、信じられないことだが、それでお酒をやめたり)、高齢の両親(父は九十歳、母は八十六歳)のサポートのため仙台に引っ越した。
子育てが生に向き合うことだとしたら、親との暮らしは死に向き合うことだろう。「生老病死」とは、人間の苦を表した仏教用語だが、自分にとっては五十代のストーリーを端的に示す四字熟語のように感じられる。決して「苦」ばかりではないが、まあ一気に押し寄せてきたなあとは思う。
西加奈子著『くもをさがす』を手にとったのは、悪性リンパ腫を退治するために放射線治療をしていた春だった。帯には、こうある。「カナダで、がんになった。あなたに、これを読んでほしいと思った。」
家族とともに留学していたカナダのバンクーバーで、乳がんと診断された著者の、治療の日々を綴ったノンフィクションだ。蜘蛛に噛まれることから始まる病の発覚の経緯。バンクーバーの医療従事者の素晴らしさやユニークさ(ちょっと困った点も含め)。家族やママ友をはじめとする周囲の人たちとの結束。そして何より、自分の体のボスは自分であることを確信する西さんの心の道のり。すべてが生き生きとユーモアを交えて語られ、ページをめくるほどに沸々と温かい力が湧いて来る。
読み終えて、つくづく人生は「何が起こるか」よりも、それを「どう感じるか」だと思った。その「どう感じるか」に、人生は有限だという実感が伴うのが、折り返し地点を過ぎた年代なのだろう。