「小学校に入ると、誰から言われたわけでもないのに〈そういうことは隠さなくてはいけない〉と思うように。中学にあがると、さらにその気持ちは強くなりました」(撮影:岡本隆史)
2022年の大みそか『NHK紅白歌合戦』で審査員を務めた西村宏堂さん。LGBTQ当事者として国内外で精力的に講演を行う彼が、苦しかった時期を経て現在に至るまでを語る(構成=篠藤ゆり 撮影=岡本隆史)

思春期はどん底だった

おかげさまでここ数年、国内外の多方面からお仕事をいただいています。初めての著書『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』が8ヵ国語に翻訳されたため、各国の出版イベントやメディアからお声がけいただいているのです。

今年はイタリアのテレビ番組にも出演し、あるコメンテーターと共演しました。その人は欧州議会で初めてトランスジェンダーの国会議員となり、プライドパレード(性的少数者のパレード)も企画された有名な方。イタリアはLGBTQに対して厳しいカトリックの国で、トランスジェンダーの方がここまで活躍されるには、大変な苦労があったと思います。

今でこそ私はメイクアップアーティスト、僧侶、LGBTQ活動家と自分らしい仕事ができていますが、これまでの道は決して平坦ではありませんでした。浄土宗のお寺に一人息子として生まれ、父は住職。まわりから「いずれお寺を継ぐんですよね」と言われ、イヤでイヤでたまらなかった。幼い頃はプリンセスごっこが大好きで、長い髪をなびかせたかったから、頭を剃るなんて!

物心がついた頃から、心惹かれる相手は男性。母のワンピースをドレスのようにまとい、「こうちゃん、女の子よ」と言っていたそうです。ただ、小学校に入ると、誰から言われたわけでもないのに「そういうことは隠さなくてはいけない」と思うように。中学にあがると、さらにその気持ちは強くなりました。

当時はテレビで「オカマキャラ」「おねえキャラ」のタレントが笑いの対象になったり、気持ち悪がられたり。私はアニメが大好きでしたが、特に好きだった『セーラームーン』では同性愛者が悪役として登場し、倒されてしまいます。『クレヨンしんちゃん』でも、「オカマ魔女」という悪役が《変態》呼ばわりされる。

そうしたメディアを通して、多くの人は性的マイノリティーは「いてはいけない存在」「嘲り、排斥してもいい相手」と刷り込まれるのではないでしょうか。逆に当事者は、激しい劣等感を抱くようになります。

高校時代、本当の自分を隠していたものの、やはりどこか違っていたのか、周囲になじめずいじめられていました。そんな私にとって救いとなったのが英会話学校。そこへ行くと、アメリカ、イギリス、アイルランド、さらにはニュージーランドのマオリ族出身などさまざまなバックグラウンドの先生がいます。世界は広く、いろいろな価値観があるのだと知りました。

もうひとつ私を救ってくれたのが、「gay.com」というオンラインチャット。そこには世界中の同世代の同性愛者がいて、「『好きな女の子はいるの?』と聞かれたらなんて答えてる?」「親にカミングアウトをしたほうがいいか」など、悩みを相談できました。

そういうやりとりを通して、日本よりアメリカのほうが生きやすいのではないかと考え、ボストンの短期大学に留学することを決意します。