リスクを取らないと日本の映画作りを守れないと思っていた

奥山 ホラー映画か何かと間違えて『アメリ』を買ってきても、『日本以外全部沈没』(06)なんて映画をやっても、“有識者”たちの範囲外の存在だから許されるんです。これがプロデューサーとして緻密な計算のもとに、金儲けしてウハウハしていたら各方面から非難されますよ。

でも、叶井はそこの計算が大ざっぱなんてもんじゃないから。無欲なわけじゃないんだけど、欲にいやらしい変な濃さがない。それが叶井俊太郎を生かしてきたと思います。そして、叶井を支えてきたのはひたすら女性、ということだよ。

『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(著:叶井俊太郎/サイゾー)

叶井 若かりし頃は奥山さんも“奥山ガール”がいたじゃないですか。モデルの卵みたいなチャーリーズ・エンジェルたちが。僕が業界に入る前、テレビとかで見ていましたよ。

奥山 それは、叶井俊太郎と一緒にされるのは納得できない。オレの場合はサポートする側だし、当時は戦線で相当リスクを負って戦っていましたから。叶井は戦ってないじゃん!

叶井 ハハハ、確かに。奥山さんは90年代半ば「シネマジャパネスク」で戦っていましたね。すごいなと思って見ていましたよ。劇場が洋画に切り変わっていく転換期に日本映画を全身武装で支えていました。

奥山 支えたというか……当時は大変な状況だったじゃん。今もかたちを変えてひどい状態だけど、その頃は非常に作為的なかたちで既得権益が働いて、制作部門が追い詰められて。映画に興味もないおっさんたちからああじゃこうじゃ言われることが煩わしく感じていたし、リスクを取らないと日本の映画作りを守れないと思っていた時期だったからね。