電話口から聞こえた馴染みの声
仕事の業務内容は体力勝負だったが、複雑な工程は少なかったため、すぐに慣れた。通信制の高校も、過去に学んできた勉学の基礎があったため、課題をこなすことは容易だった。それなのに、月日が重なるごとに心身に疲労が蓄積し、わけもなく泣きたくなった。そういう時、私は幼馴染の家のそばまで足を伸ばした。
彼はもう、そこに住んでいない。家の外観だけでは、面影さえも感じられない。そうわかっていても、足は無意識にそちらに向いた。
ある日の晩、家の電話が鳴った。私は相変わらず自室にこもっており、電話に出たのは母だった。ドアをノックする音がして、母が「電話」と短く告げた。私に電話をかけてくる相手に心当たりはない。どうせ何かの営業電話だろうと予測して、部屋に持ち込んだ子機に向かって、ぶっきらぼうな声で「もしもし」と応えた。
「相変わらず機嫌悪そうな声だな」
その声は、営業マンのものではなかった。ずっと聞きたくて、忘れたくて、でも忘れることのできない人の声だった。幻聴かと思ったが、子機に表示された電話番号を見て、それが現実であることを知った。幼馴染の実家の電話番号と私の実家のそれは、下から2番目の番号以外すべて一致する。見間違うはずがない。
「帰ってきてるの?」
「うん」
「いつまで」
「明後日まで」
「会いたい」
「うん」
「いつ会える?」
「いつでも」
「じゃあ今夜行く」
「うん」
簡潔な単語だけで会話をしているはずなのに、喉の震えが止まらなかった。二度と会えないと思っていた。声すらも聞けないものと思っていた。どこにいるのかもわからず、生きているのかさえわからない。
だが、幼馴染は生きていて、私に連絡をくれた。彼の家の近くをフラフラしている私を、駅から実家に向かう道中で見かけたらしい。会ってそれを聞いた瞬間、彼の首にしがみついて嗚咽した。
「なんで黙っていなくなったの」
「ごめん」
彼は私の恋人でも保護者でもなくて、謝る必要はどこにもないはずなのに、心からすまなそうに「ごめん」と言った。謝ってほしかったんじゃない。ただ、彼に会いたかった。
私の体液が、彼の黒いシャツにシミを作る。熱い手のひらが、そっと背中を撫でる。あの夜、死ぬなら今がいいと思った。そういう私だから彼が黙っていなくなったのだと、当時の私は気付けなかった。私たちは、再会するのが早すぎた。