自ら選んだ孤独に震え、体を丸めていた
引越した場所は、海を隔てて本土から離れていた。幼馴染が住む関東とは真逆の方向で、かつ実家からも簡単には辿り着けない場所。それが、私が自分で決めた新天地だった。
成人を過ぎ、社会的に「大人」として認められる年になっても尚、私はうまく生きられなかった。後遺症はひっきりなしに襲ってくるし、そのたびに腕の傷は増える。
自傷行為の傷痕を「生き延びた勲章」だと思えばいいと言う人もいるが、私にはそうは思えなかった。ただ、醜い、とだけ思った。
負の感情が、定期的に全身を支配する。そうなると手足が震え、呼吸さえもままならなくて、慌てて紙袋に手を伸ばす。過呼吸発作で死ぬことはないと頭では理解していても、まともに息が吸えない恐怖が消えるわけではない。
「死にたい」と100回叫んでも、土壇場になれば生きようともがく。命への執着は決して恥ずべきことではないはずなのに、なぜかそんな自分を浅ましいと思う。
ひとりの部屋は快適で、同時にいつも寒かった。北の大地の気候のせいではない。当時の私は、「寂しい」と「寒い」の区別さえつかなくなっていた。
自分と世界との関係性を唯一つないでいた糸が切れてから、しばらくの間は本を開くことさえできなくなっていた。私が久方ぶりに物語に手を伸ばしたのは、自発的なものではない。行きずりで関係を持った男性に、「今度会ったら感想聞かせて」と1冊の本を押し付けられたのがきっかけだった。しかし、なんとなくめくった頁の序盤に、こんな一節があった。
“掃除や洗濯をする必要のないひまな時間、よく居間の畳に寝転がって、胎児のように体を丸めて過ごした。おそらく世界中で様々なことが起こっているのにちがいないと思う一方で、そうして暗闇に包まれていると、自分は世界と一切、何の関係もないように思えた。”
視覚障害者のミチルと、殺人犯として追われるアキヒロ。二人の人生が交錯する物語に出会ったのは、寒さに凍えて体を丸めるのが癖になっていた20代前半だった。
※引用箇所は全て、乙一著作『暗いところで待ち合わせ』本文より引用しております。