堀本裕樹より
ジョルジョ・デ・キリコの絵に興味を持ち始めたのは、片岡義男さんの「風に吹かれて謎になる」という一篇のエッセイを読んでからだった。そこにはこうある。
「謎と言えば、彼の絵のなかで僕にとって最大の謎は、塔や建物の頂上でいつも強い風に吹かれてはためいている、細長い三角形の旗たちだ。あの旗ほどに魅力に満ちた謎を、僕はほかに知らない」
どうしてそんな話をするかというと、小林聡美さんの一句に触発されて、僕の頭のなかで「幟」が、デ・キリコの絵のなかの「旗」に不意にすり替わったからだった。
では、なぜすり替わりが起こったのか。小林さん主演の映画「キリコの風景」が頭をよぎったからである。
小林さんの役名が「霧子(きりこ)」であり、また物語の舞台となる函館がまるでデ・キリコの絵のような不可思議な風景として描き出されているのが印象的な、切ない恋愛映画であった。だから「幟」が謎の「旗」に転化されて、この句が浮かんできたのである。