秋の涼しさがよく似合う

落語好きの小林さんが「憧れの象徴として」寄席の明るい句を詠まれたのに、僕は正反対にも都市封鎖のイメージにもつながるようなデ・キリコの形而上学的風景画の不穏な世界で返歌したのが妙なことだ。

ちなみに季語を「新涼」の傍題「秋涼し」にしたのは、この句には「秋」の語感が必要だと思ったからである。

デ・キリコの風景画に漂う影と憂愁と寂寥感には、秋の涼しさがよく似合う。秋風に吹かれるデ・キリコの旗は果てしなく寂しく、やはり謎なのだ。

デ・キリコの絵は二度にわたる世界大戦を生き延びてきた。そしてパンデミックの現世を超えて、後世の人々にも観みられてゆくのだろう。描かれた旗の謎は、いつまでも解かれぬままに。

 

〈季語解説〉
新涼[しんりょう]

“立秋後に感じる涼しさ。(中略)夏の季語「涼し」が暑さを前提とし、その中で捉える一抹の心地よさを喜ぶものであるのに対して、「新涼」は暑さが去りゆくことを体感としてにわかに実感するものである”(『合本俳句歳時記 第五版』角川書店編より)。傍題に「涼新た」「秋涼し」など。

 

※本稿は、『才人と俳人――俳句交換句ッ記』(集英社)の一部を再編集したものです


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