ジャズが「敵性音楽」とされる中でシヅ子はーー(写真提供:Photo AC)
NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』。その主人公のモデルである昭和の大スター・笠置シヅ子について、「歌が大好きな風呂屋の少女は、やがて<ブギの女王>として一世を風靡していく」と語るのは、娯楽映画研究家でオトナの歌謡曲プロデューサーの佐藤利明さん。佐藤さんいわく「1940年当時、戦時体制はますます強化され、日に日にジャズは敵性音楽であるという風潮が高まっていた」そうで――。

「ジャズはけしからん」

1940(昭和15)年、内務省が芸能人の外国名やふざけた芸名禁止を通達。ディック・ミネは三根耕一となり、俳優の藤原釜足は藤原鶏太に改名した。

同時に敵性音楽への締め付けが厳しくなってきた。笠置も「ジャズはけしからん」という理由で、警視庁から呼び出された。

戦意昂揚しなければならない時局にふさわしくないと、ステージではマイクの前で「三尺四方はみ出してはならない」と指導を受けたのである。

12月、第二次近衛内閣は、総力戦体制を整えるため「挙国世論の形成」を図る目的で「内閣情報部」を「内閣情報局」に昇格させたのである。ここからさらにジャズや洋楽への検閲指導が厳しくなってきた。

全ての実演、公演の演奏曲目までを事前に提出、チェックを受けねばならなくなった。特にアメリカのジャズ・ソングには難色を示し、ドイツ・イタリアの枢軸国や日本の楽曲を7割以上使用することが指導された。