その点、昨今の私は洋菓子への関心が薄れてきた。健康上の問題ではない。まずお店の名前が覚えられないのである。

昔はこんなにややこしい名前のお菓子屋さんはなかった。不二家かコロンバンかウエストぐらいだった。でも今や、パティスリー・ドゥ・**とか、アンリ・シャル・**とか、ピエールなんとかとか。どんどん増えている。しかも店名がカタカナで書かれていればなんとか頭に入るだろうが、たいがいがアルファベットで表記されている。

ダメだ。読めない。発音できない。そう思えば思うほど、記憶に残らない。

しかも、店内に入ると菓子そのものにも小洒落た名前が長々とついている。マシュマロをギモーブと呼び、ジャムはコンフィチュールと言うらしい。菓子職人はパティシエになり、ショートケーキはガトー・フレーズときたもんだ。マカロンをやっと覚えたばかりの私にはとうてい追いつけない。

昔は「しろたえのシュークリーム、おいしいね」と言っていたはずが、今や「パティスリー・ドゥ・ジャンルシェールのシュー・ア・ラ・クレーム・ドゥ・フルール・ド・セル・ア・ラ・ローズ(架空)は絶品ね」とかなんとか言わなきゃならんのか!


最新刊『母の味、だいたい伝授』が好評発売中

アガワの十八番、食をめぐるエッセイ最新作!レシピとしてはあまり役に立たないけど、読めば台所に立ちたくなります。

結婚もした、父母も看取った、私に残ったのはいよいよ〈あの欲望〉だけだ――。

懐かしい母の味を再現しようと奮戦し、動脈硬化を注意され、好物の牡蠣に再三あたり、でも食欲と好奇心は相変わらずの日々から生まれた風味絶佳のおいしいエッセイ集。

コロナ禍の最中に逝った母をおくった、話題の「リモート葬儀顚末記」を附す。


人気連載エッセイの書籍化『ないものねだるな』発売中!

コロナ禍で激変した生活、母亡き後の実家の片づけ、忍び寄る老化現象…なんのこれしき!奮闘の日々。読むと気持ちが楽になる、アガワ流「あるもので乗り越える」人生のコツ。