「お前が来ても何の役にも立たないのに」
「お袋が救急車で運ばれた!」
打ち合わせ先へ地下鉄で向かっていると、兄から電話が掛かってきたのである。
「どうしたの?」
「お腹が痛いって七転八倒して」
その瞬間、「大丈夫だろうか?」と心配するより先に、「あの人、年齢の割には大食いだからな」まずはそう思った。
だからといって放っておくわけにもいかない。打ち合わせを終えるとすぐ、東京駅発の高速バスに飛び乗った。
案の定、食べる量に消化が追いつかず、胃腸がパンク状態に陥ったとのこと。重篤な病気ではないものの、年齢を考慮し入院することになった。
その頃実家では、買い物も、炊事も、洗濯も、何ひとつ自分ではしないくせに、一人残された老父が「これは食べたくない」「甘過ぎて口に合わない」と、わがまま全開で義姉を困らせていた。
入院中の老母は老母で、点滴を打ち、尿道からカテーテルを挿入している状態にもかかわらず、私の顔を見たと同時に「何しに来たの? お前が来ても何の役にも立たないのに」と、驚くようなことを言い、私を戸惑わせる。
いくら気が強いと言っても、娘に対して、しかも入院先に駆けつけた人間に対して、不用意にこうした言葉を投げつけるほど自制が利かなくなってしまったのだろうか……。
このとき、これからの母との関わりは一筋縄ではいかないだろうと予兆のようなものを感じ、思わず首筋が寒くなった。