必ずグラウンドに帰る

すると、押し黙っていた慎太郎が急に大きな声で言いました。

「先生、僕は野球がしたいんです」

一瞬言葉に詰まったように、先生は慎太郎を見つめました。

「治っても、野球ができる体でないとダメなんです」

野球ができる体。筋力と体力が充分にあり、すべての神経が健康に整った状態の体。

「野球ができる体にしてください。神経は一本も傷つけないでください」

驚くほどにはっきりと、慎太郎は言いました。先生は黙ったままでした。命が助かるかどうかの瀬戸際に、どうして野球のことなど考えられるのだろう。

しかし息子は真剣でした。まっすぐに背筋を正して先生を見て、これだけは絶対に譲らない、といった構えでした。この強さは、いったいどこから来るのでしょう。

「分かりました。もう一度野球ができるようにします」

ついに先生がそう言うと、慎太郎は「お願いします」と頭を下げ、唇をぎゅっと噛みしめました。

この時、この大学病院に阪神球団のチームドクターがいたことでスムーズに治療ができたそうなのですが、それだけではなく、球団の方が慎太郎をなんとか助けたい、と手を尽くしてくださったおかげでスムーズに入院できたことを後になって知りました。

慎太郎が誰からも期待されていて、チームの主砲として戻ってきてほしいのだという球団の想いを受けた病院は、医療チームを編成し、全力を尽くすことを約束してくださいました。

慎太郎はこうして、球団からの全面的なバックアップのもと、「必ずグラウンドに帰る」ことを前提に治療をスタートさせたのです。

※本稿は、『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

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栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』(著:中井由梨子/幻冬舎)

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