「息子はなんと多くの方から応援され、愛されていたのだろうか」(写真:横田慎太郎さんのインスタグラムより)
2023年、18年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした阪神タイガース。そのタイガースに14年から19年まで在籍していた横田慎太郎さんは、21歳で脳腫瘍と診断され、23年7月に28歳という若さで亡くなりました。「息子はなんと多くの方から応援され、愛されていたのだろうか」と話すのは慎太郎さんの母・まなみさんです。今回、作家で演出家である中井由梨子さんが、ご本人たちからうかがったエピソードを元に、まなみさんに替わって綴ったノンフィクションストーリーをご紹介します。

暗いまま

脳腫瘍の手術から約2か月という長い間、慎太郎の視界は暗いままでした。

先生や看護師さんから「時間が経てば見える」と言われ続けていましたが、息子はこの閉ざされた暗闇を彷徨っている間、とても無口で、何を考えているのかまったく分かりませんでした。

食事もトイレに行くのも私が手を貸しました。おそらくそれも最初は嫌だったのでしょう。しかし見えなければそれすら一人ではできません。

このままでは体より先に彼の精神が参ってしまう、と思った私は、風や匂い、音など、より強く感じることができるように、慎太郎を車椅子に乗せて病院内の庭や、展望台にも連れて行きました。

そして歩きながら、「すぐ見えるようになるからね、大丈夫よ」と呪文のように繰り返していました。

そうやって自分を奮い立たせるだけでなく、「見えるようになる」と言霊を使って現実を引き寄せようとすら思っていました。

最初の頃はどこへ連れて行っても慎太郎の表情はこわばったままでしたが、庭で穏やかな風に吹かれるのは好きなようでした。

じっと気持ちよさそうに目を閉じているので、「ここの風は甲子園からの風だもんね」と言いますと、「さすがにそれはないでしょ」とあっさり言い返されてしまいました。