不安と恐怖

術後1か月は傷口がまだ完全にはふさがっておらず、寝ている間に慎太郎が傷口を掻(か)いたりしないように、寝る時は互いの手首を輪ゴムで繋ぎ、鈴をつけました。慎太郎が手を動かしたら、起きて手を傷口から離すためです。最初の頃はしょっちゅう鈴が鳴り、私はまるで夜泣きの赤ちゃんを抱える母親のように、毎晩睡眠不足に陥りました。

しかし傷口から雑菌が入ってしまうとまた手術せねばならないと聞いていたので、もう二度とあんな大変な思いはさせまいと必死でした。

『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』(著:中井由梨子/幻冬舎)

慎太郎がナーバスな状態であることを、球団の方もよく承知していましたので、この期間はお見舞いを遠慮くださっていました。

私のほうには「様子はどうですか」と連絡が入りますし、病院からも随時報告が上がっていたとは思いますが、何も知らされていなかった慎太郎は、球団の人が誰も来なくなったことにひどく不安を覚えているようでした。

「契約、切られるかな」

ある時、ベッドの上でそう呟きました。

「まさか! 治療だってこんなにバックアップしてくださってるじゃないの」

「でも、最近誰も来なくなったし……目が見えなくなってから」

「それは……」

言いかけてハッとしました。このまま本当に目が見えなければ……契約は確実に打ち切りでしょう。もしそうなったら、慎太郎はいったいどうなってしまうのでしょう。

「大丈夫よ」

そう口では言いましたが、不安も致し方ない、と思いました。もう1か月以上も見えない日が続き、最初はあった希望も日に日に削られ、息子の中では「ずっとこのままかもしれない」という不安と恐怖が確信めいたものになってきているようでした。

一方、シーズンが開幕してもいっこうに姿を見せない慎太郎について、阪神ファンの間で様々な憶測や心配の声が持ち上がっていました。

依然として球団は情報を外に出さなかったので、SNS上では、精神的な病ではないか、もう引退するんじゃないか、とまで騒がれるようになっていたのです。それと同時に、慎太郎を心配する多くのファンの方々からお見舞いの品やお手紙が毎日のように虎風荘に届くようになりました。