2023年、18年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした阪神タイガース。そのタイガースに14年から19年まで在籍していた横田慎太郎さんは、21歳で脳腫瘍と診断され、23年7月に28歳という若さで亡くなりました。病気を知った当時を振り返って「一瞬、何を言ったのか分かりませんでした」と話すのは慎太郎さんの母・まなみさんです。今回、作家で演出家である中井由梨子さんが、ご本人たちからうかがったエピソードを元に、まなみさんに替わって綴ったノンフィクションストーリーをご紹介します。
鳴り響いた一本の電話
あの日を、忘れません。
2017年2月。一本の電話が私たちの長い長い旅路を告げる汽笛のように鳴り響きました。慎太郎は前年のシーズンを不完全燃焼に終えたものの、年が明けてすぐに一軍の沖縄での宜野座(ぎのざ)キャンプに呼ばれていました。今年こそは、とやる気を奮い立たせていたそうです。
私は仕事が休みで朝からのんびりと家におりました。夕方から買い物にでも出かけようか、と思っていた時のことです。スマホに着信がありました。画面に慎太郎、の文字。
あまり良くない知らせのような予感がしました。そのような予感がした時は、とっさに元気に振る舞ってしまうのが私の癖です。
「あら、慎太郎! どうしたの、元気?」
『あ、うん、元気』
電話口の慎太郎が言葉に戸惑った感じがしました。
『今日さ、病院行った』
「あ、そう。怪我?」
『ううん』
「なに」
『脳腫瘍だって』
一瞬、何を言ったのか分かりませんでした。
「え、なに?」
『の……』
それっきり、慎太郎の言葉が途切れました。心臓がドン、ドン、と内側から叩くように鳴り始めました。いったいなんなのだ、のう、しゅよう?
『もしもし、お母さんですか?』
耳慣れない男性の声が聞こえました。球団のトレーナーの方でした。
『すみません、本当に突然なのですが、大阪までいらしていただくことはできますか』
頭の中ではグルグルとさっきの慎太郎の言葉が渦巻いて、電話の向こうの声がよく耳に入りません。息子はいったいどうなってしまったのだろう。
『では、お待ちしております』