「誰かが私の姿を見かけたと言うのですか?」
「だから、そんなことは言えないんだよ」
「じゃあ、こちらもこたえる義理はありませんね」
 甘糟は驚いた顔で言う。
「どうしてさ。警察官が質問してるんだよ」
「そういうの、よくないですねえ」
「え……?」
「警察官が質問すりゃ、相手が何でもこたえると思ったら大間違いですよ。こっちにも
プライバシーってもんがありますからね」
 こうして、論点を微妙にずらしていくのもヤクザの手だ。
「あのね、こっちには暴対法があるんだよ」
「自分ら、指定暴力団なんですか?」
「え……?」
「暴対法ってのは、指定暴力団が威力を示していろんなことをするのを取り締まる法律ですよね。自分ら、いつ指定暴力団になったんです?」
 甘糟はもう、すっかりうろたえている。
「指定暴力団じゃなくたって、暴力団には違いないだろう」
「ですからね。自分らが暴対法の対象だと、はっきりすれば、いくらでも質問におこたえしますよ。でもね、甘糟さんは、はっきりそうおっしゃってはくれない。それじゃあ、私だって話はできませんよ」
「いいからさ、目黒区で何をしてたのか、教えてよ。でないと、俺、係長に叱られるんだ。知ってるだろう? 係長って、嫌なやつなんだよ」
 たしかに係長の仙川修造(せんかわしゅうぞう)警部補は、とても厭味(いやみ)なやつだ。出世が何より大切で、実力もないのに偉そうにして、実績ばかり気にしている。
 それに比べれば甘糟は実に付き合いやすいやつだ。親しみすら覚える。
 いじめるのはかわいそうなのだが、こちらもそうは言っていられない。