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父親による性虐待、母親による過剰なしつけという名の虐待を受けながら育った碧月はるさん。家出をし中卒で働くも、後遺症による精神の不安定さから、なかなか自分の人生を生きることができない――。これは特殊な事例ではなく、安全なはずの「家」が実は危険な場所であり、外からはその被害が見えにくいという現状が日本にはある。何度も生きるのをやめようと思いながら、彼女はどうやってサバイブしてきたのか?生きていく上で必要な道徳や理性、優しさや強さを教えてくれたのは「本」という存在だったという。このエッセイは、「本」に救われながら生きてきた彼女の回復の過程でもあり、作家の方々への感謝状でもある。

前回「性交中、不定期に起こる強い拒絶反応。性虐待の後遺症が及ぼす影響に悩まされていた時、「君を治せる」と断言する大学生に出会った」はこちら

“記憶の書き換え”を名目にした荒療治

父親から受けた性虐待の後遺症ゆえ、「性交中にパニック症状を起こす」ことがあった。毎回ではないものの、不定期に起こるそれは、私本人のみならず、私と関係を持つ相手の心をも抉った。

その事態を目の当たりにした男(仮名:S)から、独自の精神療法を持ちかけられた私は、「(後遺症を)治せる」の言葉に目がくらみ、冷静な判断力を欠いた結果、Sの言いなりとなる日々が続いた。

前回の記事でも書いた通り、“治療”はラブホテルの一室で行われた。彼は私の身に起きた事柄すべてを知りたがり、私の負担などお構いなしに、淡々と過去をほじくり返した。内臓を無理やり引き出されるような苦痛に全身を強ばらせながら、「これに耐えれば治るのだから」と己に言い聞かせた。だが、本当の地獄はここからはじまった。

何度か繰り返し過去を掘り起こす作業を続けたのち、彼は「記憶の書き換えを行う」と言った。いわゆる、ビデオテープの重ね撮りのようなものだとSは私に説明した。そのための手順は、あまりにも過酷だった。彼が発した言葉を、私はすぐには飲み込めなかった。

しばし呆然として、その後、震える声で聞き返した。彼は、相変わらず怒鳴るでもなく、たしなめる風でもなく、それがさも当たり前のことであるかのように淡々と言った。