洗脳状態に追い込まれたモルモット

「ここで諦めたら、これまでの苦労が水の泡だよ」

Sは辛抱強い口調で、繰り返し私にそう言い聞かせた。過去を望まぬ形で吐き出すと同時に、蜘蛛の糸に絡め取られ、身動きが取れなくなった私は、操り人形の如く彼の指示に従い、ゆっくりと壊れていった。

思い出したくないことを、まざまざと見せつけられる。忘れたいことを、心と身体に刻まれる。その苦痛のすべてを言葉にするのは、ひどく難しい。しいて言うなら、自分という人間の輪郭が失われていくような感覚だった。

食べ物を受け付けなくなり、頻繁に記憶が抜け落ちるようになり、時間の境目が淡くぼやけた。電話の着信音が鳴り続けていることを理解はしていても、「電話に出る」作業ができなくなった。

当時を振り返ると、おそらく私は「洗脳状態」にあったのだと思う。人を支配する方法は、わかりやすい暴力や暴言だけだと思っていた。しかし、こんなにも静かに、ゆるやかに、人の心を壊す方法があるなんて知らなかった。