“記憶”の書き換えは不可能と気づいた

「テスト期間だから」という理由で、Sと会わない日が数日続いたある日、私は本屋に出かけた。食事さえ億劫なのに、本屋には行けるのか。そう思う人もいるだろう。だが、私はそういう人間だ。

むしろ、生きるか死ぬかの瀬戸際にある時こそ、私の足は本屋に向かう。そういう時ほど、不思議なくらい本に“呼ばれる”ことを、本能が知っていた。

訪れた本屋を何周かぐるぐると巡り、私はある一冊を手に取った。『完璧な病室』という簡素なタイトルが、私を明確に手招きした。小川洋子氏による初期作品の短編集。私が著者の作品をはじめて手に取った瞬間だった。

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本書には、全4話の作品が収録されている。中でも特に惹かれたのは、『冷めない紅茶』と題された章だった。

“記憶は、自分の物でありながら、自分の意志で整頓し直したり燃やしたりゴミに出したりできない物なのだ。”