父親による性虐待、母親による過剰なしつけという名の虐待を受けながら育った碧月はるさん。家出をし中卒で働くも、後遺症による精神の不安定さから、なかなか自分の人生を生きることができない――。これは特殊な事例ではなく、安全なはずの「家」が実は危険な場所であり、外からはその被害が見えにくいという現状が日本にはある。何度も生きるのをやめようと思いながら、彼女はどうやってサバイブしてきたのか?生きていく上で必要な道徳や理性、優しさや強さを教えてくれたのは「本」という存在だったという。このエッセイは、「本」に救われながら生きてきた彼女の回復の過程でもあり、作家の方々への感謝状でもある。
「グルーミング」に支配された心の行方
両親からの虐待被害、中でもとりわけ父からの性虐待による後遺症に苦しむ日々を送っていた20代前半、ある男(仮名:S)に出会った。Sは、一貫して穏やかな人間だった。
だが、表面上の温厚さの下に、狂気を隠し持った男だった。「大学で心理学を学んでいる」ことを理由に、彼は私の後遺症を「治せる」と断言した。しかし、その言葉を信じた私を待っていたのは、地獄のような実験が繰り返される日々であった。
Sが私に行った実験内容の詳細については、直近の連載記事で詳しく触れている。簡潔に内容を説明すると、「無理やりトラウマとなる記憶を引き出し」「引き出した記憶をもとに被害の再演をして記憶の書き換えを行う」という、なんともデタラメな“治療の真似ごと”だった。
当然ながら、私の病状は著しく悪化した。そんな時に訪れた書店で出会ったのが、小川洋子氏の短編小説集『完璧な病室』だった。