長くつらい戦争が終わり、ステージも再開。シヅ子の仕事も私生活も充実し始めたがーー(写真提供:Photo AC)
NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』。その主人公のモデルである昭和の大スター・笠置シヅ子について、「歌が大好きな風呂屋の少女は、やがて<ブギの女王>として一世を風靡していく」と語るのは、娯楽映画研究家でオトナの歌謡曲プロデューサーの佐藤利明さん。佐藤さんいわく「シヅ子は長くつらい戦争が終わり、ステージも再開したことで、シヅ子の仕事も私生活も充実し始めた」そうで――。

笠置シヅ子の戦後

1945(昭和20)年11月22日、日劇「ハイライト」公演から、歌手・笠置シヅ子の戦後が始まった。

この頃は、最愛の人・吉本穎右と荻窪で一つ屋根の下で間借りをしていた。長くつらい戦争が終わり、ステージも再開して、仕事も私生活も充実し始めていた。シヅ子にとってはこの年の年末まで二人で暮らしたことが「人生最良の日々」だった。

翌46(昭和21)年、穎右は早稲田大学を中退。吉本興業東京支社で社員として働くことになった。

服部良一は、引き揚げてきた翌日の午後、早速、日劇の楽屋を訪ねて、シヅ子や灰田勝彦、岸井明たちと再会、旧交をあたため、すぐに仕事に復帰することに。

明けて1946年の正月公演は、日劇ではエノケン一座「エノケンのサーカス・キッド」(作・菊田一夫、音楽・栗原重一)、有楽座では古川ロッパ一座「平和島・ロッパの福の神」(作・サトウハチロー、音楽・鈴木静一ほか)だった。

エノケンもロッパも、丸の内の舞台に戻ってきたのだ。

東宝系の映画館では、戦後初の正月映画『東京五人男』(45年12月27日・齋藤寅次郎)が公開され、古川ロッパ、エンタツ・アチャコ、石田一松、柳家権太楼の五人男が、焼け跡を舞台に復興に奮闘する喜劇に、観客たちは爆笑。

こうしてエンタテインメントが戻ってきた。