「私たちの半数は、きっとお嫁に行けないね」。小学生の頃、同級生の女子とよく話し合っていました(写真提供:Photo AC)
令和5年度の文化功労者に漫画家の里中満智子さんが選ばれました。高校在学時の1964年に『ピアの肖像』で第1回講談社新人漫画賞を受賞した後もなお、数々のヒット作を生み出してきた里中さんが歩んだ道のりとは。幼少期の頃、団塊の世代で同じ年の子どもが多い環境で育つ中、マンガ家になりたいと思ったきっかけとは―― 。

将来への不安から、マンガの道を志す

「私たちの半数は、きっとお嫁に行けないね」。小学生の頃、同級生の女子とよく話し合っていました。

1948年1月24日生まれの私は団塊の世代で、同じ年の子どもがとても多いのです。

ベビーブームとは言われていましたが、団塊の世代という言葉は1976年に堺屋太一さんが発表した小説で作られたので、当時はまだありません。

対して1学年上は、私たちの半分くらいしかいませんでした。そこはまだ敗戦の傷痕が深い「焼け跡世代」で、出生数が少ないのです。

私たちの学年は教室からはみ出るくらい生徒がたくさんいたのに、1年上はスカスカ。当時女性は「少し年上の人と結婚する」のが常識のように思われていて、だから、「私たちはきっと結婚できないよね、かわいげないし」と思っていました。

そんな悲観は実は必要なくて、同級生や年下と結婚すればいいだけなのですが、その頃は「夫は年上」という世間一般の考えに引きずられていたのです。

大人になって、同級生やけっこう年下の男性と結婚している人がいて「その手があったか」と思いましたが。