過去を「なかったこと」にしようと決めた
交際は、おしなべて順調だった。ただ、やはり私の過去がここでもネックになった。「親と折り合いが悪い」人は、世の中大勢いるだろう。だが、「親と折り合いが悪いから、結婚の挨拶も不要だし、結婚式にも呼ばない」という人は、果たしてどれだけいるだろうか。
私は、怖かった。元夫に過去を打ち明けること、それにより彼に嫌われること、それとなく距離を置かれること、そのすべてが怖かった。「受け入れてもらえるかもしれない」という淡い期待は、それまでの体験の中で根こそぎ奪われていた。だから、「普通のふり」をしようと決めた。数年の交際期間を経て彼との結婚が決まった際、私は絶縁していた両親に連絡を取り、結婚する旨を告げた。
母は真っ先に彼の職業を尋ね、彼が公務員であることがわかると諸手を挙げて喜んだ。母が人を精査する基準は、いつだって人間性の“外側”にある。彼が大卒であることを確認したのち、「それなら安心ね」と彼女は言った。それが自分の娘に対する侮辱に当たることを、母は露ほども思い至らなかったらしい。「中卒の私は“信頼に足る人間”ではないのか」と問いたかったが、その後に続くであろう煩わしいやり取りを想像するだけで気持ちが萎えた。
母は1度も、私に「元気だったの?」とは聞かなかった。20歳を過ぎても尚、私はこの人に愛されることを求めている。その感情に気づいた時、言い様のない吐き気に襲われた。渇望に似た飢えは、“親子の絆”からくるものではなく、ただの“呪縛”であった。得られないとわかっていながら求めてしまう愛は、人の心を歪めるばかりで、どこも満たしてはくれない。