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父親による性虐待、母親による過剰なしつけという名の虐待を受けながら育った碧月はるさん。家出をし中卒で働くも、後遺症による精神の不安定さから、なかなか自分の人生を生きることができない――。これは特殊な事例ではなく、安全なはずの「家」が実は危険な場所であり、外からはその被害が見えにくいという現状が日本にはある。何度も生きるのをやめようと思いながら、彼女はどうやってサバイブしてきたのか?生きていく上で必要な道徳や理性、優しさや強さを教えてくれたのは「本」という存在だったという。このエッセイは、「本」に救われながら生きてきた彼女の回復の過程でもあり、作家の方々への感謝状でもある。

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心から流れ出る体液は、外側からは見えない

皮膚から流れ出る血液には色がある。しかし、心から流れ出る体液は無色透明で、声を上げなければ誰にも気付いてもらえない。声を上げれば、一瞬だけ振り返ってもらえる。だが、“無色透明”の体液は他者には見えないものだから、「嘘つき」呼ばわりをされたのち、遠巻きに見られる。

心を患うというのは、実に厄介なものだ。患部が目に見えず、触れることもできない。消毒も縫合も薬の塗布もできない。両親から受けた虐待の後遺症は、呆れるほどしつこく私を責めさいなむ。「責めさいなんだ」と過去形で書くことができない現状を、心底歯痒く思う。残念ながら、40歳を過ぎた今でも後遺症は続いている。それでも外側から見た私は、高確率で健常者として認識される。

家出をし、両親から逃れて仕事をはじめるも、ある日突然バーンアウトする。ひたすらその繰り返しだった20代前半、気づけば見知らぬ場所にいることが多々あった。あの頃、私は自分の正しい病名を知らなかった。当時は安定剤による健忘だと思い込んでおり、そもそも「記憶が欠けたこと」自体を忘れてしまう場合も多かった。

怖いこと、不安なことが起きると、記憶や感覚を薄れさせて心を守る癖がついている。夜が怖くて、朝が疎ましい。そんな私が、家出をしてはじめて信頼できる人に出会えたのは、「精神科の卵」を名乗る学生にトラウマ記憶を弄ばれ、実験台として扱われてしばらく経った頃であった。