生存本能が無意識化で記憶を改ざんした

交際中、元夫と1度も揉めなかったわけではない。彼が就職してからはすれ違いが続き、何度か別れ話も出た。私のメンタルの不安定さに彼が疲れてしまった時期もあったし、彼の変化に私がついていけない時期もあった。それでも私たちは、最終的には人生を共にすることを決めた。

「普通のふりをして」結婚をする。そう決めたことが、私の記憶に良くも悪くも負荷をかけた。人の記憶――もっといえば「脳」は、時に驚くべき方法で心を守ろうとする。結婚を決めて実際に婚姻届けを出すまでには、数ヵ月の猶予があった。その間に、私の記憶は徐々に改ざんされた。

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いつ、どのタイミングで記憶を失ったのか、明確には覚えていない。ただ、婚姻届を出したおよそ1年後に行った結婚式の時点で、すでに記憶はあらかた抜け落ちていたように思う。部分的に記憶が消去されることは、トラウマを抱える人にとって珍しいことではないらしい。「忘れる」という能力がなければ、人はこの世を生きていけない。そんな社会を、悲しいと思う。

解離性同一性障害の診断を受けたのは、離婚の半年ほど前であった。交代人格とコミュニケーションが取れない私は、抜け落ちた過去の記憶について訊くことさえ叶わない。訊きたいこと、謝りたいこと、伝えたいことがたくさんある。しかし、過去を掘り返そうにも、それが交代人格にとって負担になる可能性を考えると、容易に踏み切るわけにもいかない。

結婚式で、私は両親への感謝の手紙を読んだ。両親は泣いていて、私も泣いていた。生涯で1番幸福な日だと、そう信じて疑わなかった。それなのに、式が終わると同時にトイレで嘔吐し、腕や脚の関節部分に蕁麻疹が出た。体だけが、刻まれた本来の記憶をとどめていた。

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