私の感情は、私だけのものだった

こうあらねば。こうあるべき。世間や周囲が求める反応に、いつの間にか縛られていた。見えない糸でがんじがらめにされた心は、思うように動けない。でも、私の感情は、私だけのものだった。

“まわりの九十九人までが全然たいしたことないと思ったって、本人が不幸だと思ったらそれは不幸なんだっていうことよ。その反対に、はたから見てどんなに救いのない状況でも、当人が少しでも満足できるなら、それはりっぱに幸福でありうるんだわ”

「つまり、幸福とか不幸って、ものすごく個人的な問題だってことなの」と前置きして、瞳子さんは上記の台詞を口にした。私は、妊娠したからには多幸感に包まれていなければならないと思い込んでいた。そうできない私は、やはりどこかが歪んでいるのだと思った。だが、そうではなかった。

定期検診のたびに減っていく体重と、助産師さんに告げられるケトン体(脱水症状のレベルを示す数値)の異常値。食事も水分も受け付けない体。シャンプーや洗剤など、あらゆる匂いに反応して嘔吐する症状。吐き気が強すぎて眠れず、目覚めに胃液を嘔吐する毎日。こんな状況で多幸感に包まれるなんて、土台無理な話だったのだ。そこにくわえて、虐待が連鎖する可能性まで恐れていたのだから、メンタルの調子が崩れるのも致し方ないだろう。

笑顔は誰かに強制されるものではないし、喜びは他者に押し付けられるものではない。同時に、目に見える姿がどれほど辛そうでも、その中に幸福が潜んでいることもあると知った。

悪阻は辛く、育児への不安は尽きなかったが、私はお腹の子を愛していた。そのことに、ようやく気づいた。