知識を蓄えることと現場の空気、どちらも大切に

杉咲さん演じる貴瑚は、両親からの虐待と義父の介護を強いられる日々の最中、友人の美晴とアンさんに出会い、大きな転機を迎える。印象に残った場面、役作りにおける杉咲さんの姿勢とは――。 

今回、貴瑚という役を演じるにあたり、貴瑚のようにネグレクトやヤングケアラーとしての経験を持つ当事者の方や、有識者の方々に取材をさせていただきました。当事者の方々が生きてきた暮らしの実状がうつるような物語に対しては、特にできる限り知識を深めて準備をしていきたい気持ちがあります。

ただ、役柄における内面的なことに関しては、撮影現場の空気感や、その時々で見える景色、対面する相手によって生まれてくるものを真実として捉えていたい気持ちがあるので、事前に準備をしてプランを持ち込むということはあまりしていません。 

クランクインして3日目に撮った居酒屋でのシーンは、特に印象に残っています。貴瑚の精神がギリギリの状態からはじまるシーンだったので、その感覚をどこまで自分の中に落とし込めるだろうかという緊張感がありました。撮影なので、当然ながら繰り返し演じるわけですが、鮮度を保ちながら演じなければいけないプレッシャーもある中で、内容的にも非常に体力のいるシーンでした。

貴瑚の新しい人生がはじまる瞬間でもあったので、その扉をアンさん(岡田安吾)演じる志尊くんや花梨や現場の皆さんと開いていくことのできた感覚があり、とても印象深いシーンです。

大切な出会いのシーン。左から美晴役の小野花梨さん、アンさん役の志尊淳さん (C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会